「―――よし。じゃあそろそろ戻らないとね」
うーん、と大きく背伸びをしながら彼女はため息混じりに言った。
どうしてだろう。
こんなにも近くにいるのに、何故か彼女との間に物凄く大きな壁が立ちはだかっているように思えた。
俺には到底踏み込むことの出来ない、というよりは、決して踏み込んではいけないような、そんな気がした。
ただ何をする訳でもなく、俺はスタスタと屋上から立ち去ろうとする彼女の姿を目で追っていた。
「――…どうしたの?不幸少年君」
茫然と立ちすくんでいた俺に不思議に思ったのか、ベンチに置いていたスケッチブックと、折り紙が入っている袋を抱えて、彼女は呼び掛けてきた。
その声に反応して、今まで定かでなかった俺の焦点は、今度はしっかりと彼女を捉えていた。
目が合った瞬間、彼女はフッと微笑んで、俺のもとへと歩み寄ってきた。
「――はい、折り紙」
「……あ、ああ」
「今日は本当に来てくれてありがとね、神谷隼人君」
俺の売店の袋を差し出して、何故か知らないはずの俺の名前を済ました顔をして言った彼女に、俺は鳩が豆鉄砲を打たれたような顔を浮かべて見ていた。
「ばいばい」と、にっこりと笑顔を振りまきながら彼女は手を振った。
「――…っ、待てよ。ヒヨコ」
瞬間的に、俺は彼女の手首を握りしめた。
否、気付いたら握りしめている自分がいた。