「それ、紙ヒコーキ。ただ飛ばそうとか思わないでさ、フェンスの先の空に向かって飛ばす気でやってみろよ」


俺より少し身長の低い彼女の目線に合わせ、さっきまで彼女が見つめていた紙ヒコーキの先の空を指差して言った。



状況がよく把握しきれていないせいもあってか、彼女の表情は依然として険しかった。




「…ほら、早くっ!」


だが、敢えてそれに気付いていないフリをして、俺は彼女の背中をポンポンと叩いて後押しした。



「うん…」と首を小さく何度か縦に振って返事をした彼女は、ゆっくりと視線を紙ヒコーキのほうに戻して、大空めがけて思い切り紙ヒコーキを投げ飛ばした。




「――…あ、」

「すごーいっ、本当に飛んだ!」


驚きを隠せずに、ただ唖然としている俺を余所に、隣にいる彼女は紙ヒコーキと俺を何度も見合わせながら、大はしゃぎしていた。


彼女の投げた紙ヒコーキは、まるで今までの下手くそぶりが嘘かのように、ただ目前に広がる大空へと向かって悠然と飛んでいた。




「―――私も…あんな風に空を飛べたらなぁ」


遠退いていく紙ヒコーキを見つめながら、ふいに彼女は呟いた。




「何だよ、どっか行きてェ所でもあんの?」


んー、と大きく背伸びをしている彼女に、俺は何気なく聞いてみた。


俺と目が合った瞬間、彼女はふっ、と小さく笑った。




「―――どこか…すごく、遠い所」

「遠い所…?」

「うん。誰一人私のことなんて何一つ知らない世界に行きたい…かな」


澄み切った青空を見つめながら、彼女は答えた。



でも、その時彼女が見ていたものはただ目の前に漠然と広がる青空なんかじゃなくて、もっと別の、空よりも遠くにある『何か』を見つめているような気がした。