そう、一目惚れなんてそこで終わりよ。交わったように思われた線は、実は掠っただけなんてね。悲しいにも程がある。
だから始めから期待も恋もしないようにしていたのに。
今でも鮮明に描けるあの困ったような笑顔。それは今も色々な人に向けられる表情なんだろうけど。

「お店お願いね。」店長の言葉に頷く。やっぱりどこも同じ、一人なんだわ。
カランコロンとお店のベルが鳴る。甘い匂いが外へと駆け出ていく。
「いらっしゃいませ。」これまでの考えは横へやる。尻尾の先すら見えないように隠して、営業スマイルでお客様対応。
「このモンブラン下さい。」デジャヴ、こういうことを運命って言うのかしら?私の目の前には紛れもない彼。
「モンブラン一つですね?380円になります。」声が震えないように、気を配って対応する。緊張してるとか、恋してるとか、こんなことで嫌われたくないもの。
上手く営業スマイル出来てるかしら?たった一つだけのケーキを白い箱に詰めて、手渡す。掠めた体温に固まりつつも、私は使命を終えた。

「こないだはすみませんでした。」気付いてるのは私だけかと思ったけど違ったみたい。
「いいえ、こちらこそ……」
「ここで働いてたんですね。ここのケーキ、好きですよ。」
「ありがとうございます。」柔らかい笑みで話しかけられると辛いわ。余裕なんて無くなるもの。だけど余裕のあるフリ。
「また来ますね。」
「お待ちしております。」頭を下げて、再び視線を戻す。まともに顔を見ないように、若干目線は下げていたのだけど。
カランコロンとドアのベルが鳴る。気配と足音は去っていった。ケーキの匂いにも負けない彼だけの残り香を取り込もうと、息を大きく吸った。
また来るって。微かに零れた笑みは隠さずに、外で舞う桜を見た。
今日は新作の桜のスイーツ、買って帰ろうかな。店長にひとつ、アドバイスしてこよう。恋する乙女の初々しい想いの味を。
やっぱり私は幸せだわ、私も周りの人間と同じように恋してるもの。