普通なら、サナさんの立場だったら、「じゃぁ、私が龍をもらう」とか言うんだろうけど、
サナさんは違った。あたしにやり直せって言う・・・
あたしは首を横に振った。
「あたしの器が小さいんです。龍を受け入れられなくて・・・」
「・・・・・・」
「話はそれだけです。じゃぁ、あたしは帰ります・・・」
そう言って、あたしは自転車に跨って公園を離れようとした。
「待って!!綾ちゃん!!」
サナさんがあたしに声を掛ける。
「あたし、綾ちゃんたちが別れたからって、龍にどうこうするつもりはないから!!それだけは信じて!!」
あたしはその言葉にニッコリ微笑んだ。
あたしは駅に戻り、木下君にメールを入れた。
《今どこ?少し会えるかな?》
時間は19時を少し回った頃だった。
もう家に帰ってるかもしれない・・・また明日にしようかな・・
《やっぱり、明日にします》
そうメールを送ったと同時に
「ここにいるけど?」後ろから声がした。
「・・木下君・・・どうして?」
「・・なんとなく。綾が俺を呼ぶ気がして・・・」
「ははは・・すごいね」
「・・で?話あるんだろ?」
「・・うん。実は・・・さっき龍と別れたの」
木下君はサナさんと違ってその言葉に驚かなかった。
「・・そっか。じゃぁ、俺は綾に告ってもいいんだ?」
あたしは、俯いて頭を横に振った。
「・・ごめん。今まだ龍が好き・・・だから・・」
「・・だから、俺の気持ちには応えられないってことか・・」
「うん・・・」
「・・ってか、そんな事くらいわかってるよ。簡単に俺に乗り換えるような女だったら逆に俺がごめんなさいだし?前に言っただろ?俺は待つから・・・綾を待つからって・・」
「・・・・・・」
「前世であんだけ愛し合った仲だし?それにあの時約束したじゃん?来世では必ず一緒になろうって・・・今は無理でも、絶対果たせるって思うから・・だから俺は焦らずに待つ・・」
「・・木下君・・・」
「・・とか言って、俺が他に好きな女できたりしてな♪」
「・・・かもね?」
「・・またどこかに遊びに行こうぜ♪この間はまったく動物見れなかったし~」
「うん、そだね。」
「じゃぁ、また連絡するわ。ってか、明日、龍になんて言葉をかけようかなぁ・・可哀想に~とか?こんど綾とデートするんだわぁ~とか?」
ニヒヒと木下君は笑って言う。
これで、いいんだ。
木下君の笑顔と、さっきの龍とのやり取りで、やっと自分自身納得いく事ができた。
正直、龍と別れるのは辛い・・・
でも、かといって木下君にすがるのも嫌だ・・・
・・・一度、リセットしよう。
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・・・あ・・・また・・・夢の中・・・
この夢・・・そういえば久々に見たかも・・・
また・・・声が聞こえてくる・・・
「・・・あ・・・や・・・」
「・・こ・・うた・・ろう・・さん・・・」
「次に生まれ変わったら・・・この桜の花びらのような火傷を目印に・・・必ず綾を・・・迎えに行くから・・・」
「私も・・・必ず貴方を・・・捜しま・・・・す・・・」
・・・もう、貴方たちは出会えましたよ・・・
でも・・・ごめんなさい・・・
私は・・・木下君を・・・選べない・・・
「綾、いつか必ず、君と一緒になるから・・・絶対に約束は果たせるから・・・」
「はい・・・わかっております。貴方と私は・・・必ず・・・どんな事があっても・・・」
不思議な事に、龍と別れて、木下君にもちゃんと話をした日のその夢から・・・
私は前世の夢を見ることはなくなった・・・
龍とは、毎朝、同じ時間にいつもの自転車置き場で顔を合わせていたけど、
ごく自然に、何もなかったかのように、接する事が出来ていた。
木下君とは、あの日、また遊びに行こうと約束をしてから、一度もお互いに連絡を取ることはなく・・・
本当に・・・リセットされた。
そんな状態のまま、あたしは高校を卒業し、短大に進学。
そして、就職先も決まり、短大卒業間近になっていた。
龍と別れて3年。
何人かの男の人に告白されたり、友達に紹介されたり・・したけど、
全く恋愛に発展する事もなく、ずっと独り身で居た。
龍と同じ大学にいったあたしの友達は、毎日の様に龍の事をあたしに報告してくる。
「・・・ねぁ、綾?龍くん、ずっと綾を想い続けてるんだって・・・綾もそうなんじゃないの??だから、ずっと彼氏も作らずにいるんじゃ・・・」
「・・ははは・・もう三年も前の話だよ??」
「・・でも・・・もう、例のサナさんって人も結婚したんだし・・・龍くんとやり直したら?アレだけ好きだったんだから・・・」
・・・どうやら、サナさんは大学時代に知り合った人と今年に入って結婚したらしい。
サナさん・・・幸せになって欲しいなぁ・・・
「っちょっと!!聞いてるの綾?!?!」
「・・あ。ごめんごめん。んーー。まぁ、龍とはどうこうないと思うよ?」
「いいの?!綾・・それでも!!龍くんが他の人にとられてもいいの??」
「いいもなにも・・・もうあたしと龍はなんともないんだから・・・」
これは、強がりじゃなくて、本心。
あたしの中の龍は、もう思い出になっていた。
短大を卒業して、社会人としてのスタートをきった4月1日。
あたしは満開の桜並木の中を歩いていた。
まわりを見渡せば、真新しいスーツに着られている人が緊張した面持ちで駅へと急いでいる。
・・あたしもあぁいう感じに見られてるのかなぁ・・・
鏡代わりにショウウインドウに移る自分の姿をチェックした時。
自分の右手のアザがチクっと痛んだ。
・・あ・・久々に感じる痛み・・・
一度、手の甲を確認して、またショウウィンドウに視線を戻す・・・
「・・・あ・・・」
ショウウィンドウに移る自分の姿が、一瞬、前世の自分と被る。
その前世の自分の横には、前世の木下君の姿も・・・
驚かない・・・
あたしは、一度目を閉じて、また自分の姿と横に映る姿を確認した。
「お待たせ・・・」
「・・遅かったね・・」
「ちょっとね。なんていうか・・・自分磨き??」
「へぇ・・・」
あたしたちは、ショウウィンドウ越しに会話をする。
きっと、あたしは涙でぐちゃぐちゃだろう・・・
ずっと待っていた人の声を・・・姿を・・・目の前にしているんだもん。
「・・ねぇ・・どれだけ待たせたと思ってるんの??いい度胸してるよね?」
「・・どれくらいだろ・・?ざっと二百年越え??」
「・・ばか・・・」
あたしは、そのまま木下君の胸に飛び込む。
懐かしい香りに包まれて、人目も気にせずに泣いた。