唇が離れると同時に胸の奥からドッと温かい感情がこみ上げてきた。
初めて図書室で木下君に出会った時に感じた感情と同じ・・・
離れた唇がもう木下君の温もりを欲している・・・
たまらずギュッと木下君の胸に顔を寄せて抱きしめた。
「・・綾。」
「・・・ごめん。もう少しだけ・・・」
人が多い駅前でこんな事してるなんて、きっと行き交う人たちは呆れてるだろう・・・
今時の若い奴は・・・なんて思われてるだろう・・・
それでもいい。木下君の温もりを感じていたい。
気がつけば、さっきまで溢れていた涙はもう止まっていた。
「俺的にはこういうの嬉しいんだけど・・・さすがに人の視線感じまくりだから・・・そろそろ行こうか・・送ってくから。」
木下くんはそう言ってあたしの手を引いた。
繋がれた手をジッと見つめる。
あたし・・・木下君を利用した??
龍とサナさんとの事でむしゃくしゃして、都合よく木下君に甘えて・・・
キスしたことを公開してるわけじゃないけど、好きって気持ちだけのキスじゃなかったよね。
・・・淋しさを紛らわすだけのキス・・・だったよね?
「木下君・・・あの・・・さっきの・・・」
「・・ん?」
「・・さっきの・・ごめんね。なんか、あたし・・・」
木下君は、あぁ・・といった感じであたしの手を強く握った。
「大丈夫。そういうのわかるから。龍と色々あってその淋しさの隙間に漬け込んだのは俺だから。気にすんな・・」
「・・・木下君・・・」
「でも。俺は綾が好きだから。だから、綾が龍を忘れた頃に絶対迎えに行くから。前世で約束しただろ?絶対捜しだして、今度こそ二人で幸せになろうって・・・」
あたしは、龍が・・・
好き??
あたしの家の前に着き、あたしは木下君を見つめた。
木下君も・・・あたしの目から視線をはずさない・・・
お互い、何かを言いたいんだろうけど・・・
・・・ブブブッ・・・ブブブッ・・・
あたしの携帯がバイブした。
・・・龍から電話だ。
木下君は電話の相手が誰かに気付いたんだろう。
何も言わずにあたしの髪をサッと撫でてそのまま帰って行った。
あたしは、木下君の後ろ姿を見つめながら、携帯の通話ボタンを押した。
「・・もしもし・・龍・・・」
「・・綾・・・今日はごめん。電話で話す事じゃないんだけど・・・俺は綾が本当に好きだから・・・それだけはわかってほしいんだ・・・」
「・・・うん。ねぇ、龍・・・明日・・・」
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その電話を切って、あたしは自分の部屋に入った。
龍・・・
木下君・・・
サナさん・・・
三人の顔が頭に浮かぶ。
好きとか、愛してるとかの気持ちだけで動いちゃいけない事もあるよね。
身体の関係とか・・・妊娠とか・・・今のあたしには話が大きすぎる・・・
サナさんに対してのヤキモチなんかじゃないんだけど。
龍に対しての怒りでもないんだけど。
なんだか納得がいかない・・・
明日、きちんと話そう。
龍にも、サナさんにも・・・木下君にも・・・
次の日の夕方、あたしはいつもの自転車置き場で龍を待っていた。
昨日一日ゆっくじっくり考えた事を龍に話すため・・・
龍の名前が書かれた自転車を見つめながら、初めて龍を見たときの事を思い出す。
一目惚れなんてしたことなかったのに、龍を見た瞬間心臓があぶるような感覚になって・・・
その瞬間にあたしは龍にオチタ・・・
付き合うようになって、龍の中身を知るようになって・・・
どんどん龍が好きになった。
・・・龍・・・
龍を想うと胸がキュっとする・・・
でも・・--・・でも・・・
「綾!!」
あたしの大好きな声が聞こえた。
「・・・龍・・・」
龍はあたしが何を話したいかわかってるんだろう・・・
切ない顔で、困ったような顔で、でも優しいいつもの顔であたしを見つめる。
「・・・話って・・・ここでする?」
「ううん・・・場所うつそうか」
あたしはあえて、ここを選んだ。
龍とサナさんがキスをしていた公園・・・
「ここで話そうか・・・」
あたしがそう言うと、龍は一瞬顔を強張らせたけど何も言わずに公園に入って行った。
二人並んでベンチに座る。
どう話を切り出そう・・・
龍の横顔をチラっと見ると、龍もあたしをチラっと見て話し出した。
「・・俺さ、最低な男だよな・・・」
「・・え?」
「・・サナには情しかなかったのに・・・最低な事をした。
綾に告白したいばっかりで、サナに俺を諦めてもらう為に・・・あんなことして・・・結果、最悪な結果にしてしまってさ。」
「でも俺・・・綾が好きで好きで仕方ない・・・綾を手放したくない・・」
「龍・・・」
「なぁ、綾。こんな事言うのもおかしい話なんだろうけど、俺と今まで見たいに付き合って欲しいんだ・・・」
龍が真剣な顔であたしを見る・・・
あたしだって・・・龍と・・・
でも・・・・
だめだ・・龍を目の前にすると決心が揺らぐ。
あたしはふぅ・・と息を吐き、龍に向き合って言った。
「・・龍。ごめん。あたしね、龍がまだ好き・・・」
「・・じゃぁ・・」
「でも、ごめん。ダメなの。好きって気持ちだけじゃ突っ走れないって言うか・・
その・・・やっぱり、妊娠とか・・中絶とか・・・あたしには大きな話しすぎて・・
サナさんの気持ちも女としてなんとなくわかるから・・・
納得いかないまま龍と付き合っていけない・・・だから・・・」
龍は頭を下げて黙り込んだ。
「・・・・・・」
「・・別れよ・・」
「・・・孝太郎なのか?」
「・・え?なにが?」
「孝太郎が気になる?」
「・・木下君は関係ないよ?」
「・・・そか・・・」
あたしは嘘をついた?
木下君は確かに今回の件に関しては関係ない・・・
でも、龍の口から木下君の名前が出ることを予想してた。
それをどうやって隠そうかって考えていた・・・
それからあたしたちはどれくらい沈黙のままいただろう。
立ち上がってじゃぁねって言って行けばいいんだろうけど、それもできなくて・・・
「・・そろそろ帰ろうか」
龍のその言葉に正直ホッとした。
「うん、そうだね・・」
あたしはベンチから立ち上がり、自転車に手をかけようとした瞬間、後ろからギュっと強く抱きしめられた。
「・・りゅ・・う?」
「・・わりぃ・・・少しだけ・・・こうさせて」
背中に龍の鼓動が響く・・・
「龍・・・大好きだったよ・・・」
「知ってる・・・俺も綾が好きだ・・・」
龍はそう言うとあたしから腕を離した。
「じゃぁ、俺行くから・・・別れたからって、俺のこと無視したりするなよ?そういうのかなり凹むから・・・」
「・・わかってるよ、そんなの・・・」
「ーーあ・・あと、すぐに男作るのもやめろよ?もっと凹むから・・・」
龍は苦笑いして言った。
「わかってる!!」
「なら、いいけど?・・じゃぁ、帰るわ・・」
龍はそう言って公園を出て行った。
龍の背中を見送って、あたしは俯くしか出来なかった。
心の中は龍への気持ちが占めていて、追いかけたい衝動にかられる。
でも・・・それをグッと耐えて、あたしは公園の入り口のポールにもたれた。
前にもここで偶然会ったし、ここにいればサナさんに会えるかもしれない。
サナさんの家も連絡先も知らないから、こうやって待つしかない。
公園で遊んでいた子供たちが次々と帰っていく頃、「・・綾ちゃん?」・・・
サナさんに会うことが出来た。
「・・こんばんは。」
「どうしたの?こんな所で・・・」
「サナさんを待ってました・・・」
「私を?」
サナさんは動揺した顔を見せる。
「・・あたし・・・さっき龍と別れました。」
「え?!なんで?!・・もしかして私のせい??」
「・・正直言って、サナさんのせいです・・」
サナさんはあたしのその言葉に俯いた。
「・・あたし、やっぱり・・その・・妊娠とか・・そういうのを知って・・それを背負って龍と付き合うのは無理です・・・龍のことはまだ好きですけど・・・でも、無理なんです・・・」
「・・綾ちゃん・・・ごめんなさい・・・私のせいで知らなくてもいい事を知ってしまって・・・龍と別れるなんて・・・」
「あたしは・・・龍が大好きなのに・・・別れるのは辛いけど・・・でも、それ以上にサナさんと龍の間にそういうことが起こったってことが・・・辛い・・龍に執着したサナさんが大嫌いです・・・」
「・・ごめんなさい・・本当に・・・でも、私はもう龍のことは何とも想っていないから・・だから・・龍とやり直して?」
普通なら、サナさんの立場だったら、「じゃぁ、私が龍をもらう」とか言うんだろうけど、
サナさんは違った。あたしにやり直せって言う・・・
あたしは首を横に振った。
「あたしの器が小さいんです。龍を受け入れられなくて・・・」
「・・・・・・」
「話はそれだけです。じゃぁ、あたしは帰ります・・・」
そう言って、あたしは自転車に跨って公園を離れようとした。
「待って!!綾ちゃん!!」
サナさんがあたしに声を掛ける。
「あたし、綾ちゃんたちが別れたからって、龍にどうこうするつもりはないから!!それだけは信じて!!」
あたしはその言葉にニッコリ微笑んだ。