駅前のファストフード店に入る。





大事な話をするっていうのにこんな所?とか思ったけど、逆にこういう所の方がいいのかもしれない。





お互いにカフェオレだけを注文して一番奥の席に向かい合って座る。






あたしはサナさんが一体何から話し出すのかを考えていた。





その言葉にどう返事をしようかとも・・・






「・・綾ちゃん・・・あの・・・」





サナさんはオドオドしながらあたしに話し出す。
そして、





「ごめんなさい!!」





テーブルに頭をつける様に頭を下げて謝ってきた。






「私、ずっと龍が諦められなくて・・・でも龍は綾ちゃんしか見てなくて・・・それで・・・」





「・・それでなんですか?」





「・・龍に我が儘言って・・・その・・・」





肝心なところはさすがにこんな所じゃ話せないみたい・・・






「・・抱いてもらって、妊娠したんですよね?」





サナさんはあまりにもはっきり言ったあたしを驚くように見た。





「・・ごめんなさい・・・でも、もう私は龍のことキッパリ諦めるから・・・」





「・・・妊娠して・・・残念な結果になってしまったことは女としてとても辛い事だってわかります。でも・・・それを理由に龍を離さないつもりだったんですか?」





「・・・そう・・かもしれないわね。妊娠して・・・ダメになってしまって・・・そしたら龍は責任とってくれるんじゃないかって・・・正直思った・・・」





「・・・・・・」





「でも・・・やっぱり龍は私の元には戻ってくれなかった・・・だから・・・私がこんなことを言うのはおかしいんだけど・・・龍は綾ちゃんしか見てないから・・・許してあげて・・・」





「・・え?」





サナさんのその言葉が思いがけない言葉だった。








サナさんはあたしに龍を許してやってと言う。





どうして?






「あの・・なんであたしに龍を許してって?」





サナさんは下げていた頭を上げて言った。





「龍は綾ちゃんが好きだからよ・・・」





この人は・・・本当に龍が好きなんだ・・・





「サナさん・・すみません。あたし、もう帰ります。」





あたしはそう言うと、飲みかけのカフェオレを持って店を出た。







・・・なんだろ・・・この虚無感・・・。





龍がサナさんを妊娠させた事や、二人がキスしていた事なんてどうでもよく感じる。





さっきまではあんなに頭にきていたのに・・・。






・・・ブブブ・・・ブブブ・・・




ポケット中で携帯がバイブする。





携帯を取り出し、画面を見ると龍からの着信だった。





・・・龍・・・ごめん。今は話したくない・・・





そのまま携帯を閉じた瞬間にまた携帯がバイブした。





・・・木下君・・・





あたしはなんの迷いもなく電話に出た。




「・・もしもし」





「綾?今どこ?」





「・・駅前だけど・・」





「駅?って龍は?」




「あれから龍の家に行って話聞いたよ。それからすぐに出てきちゃって・・・で、さっきまでサナさんといた・・・」




「・・・すげぇなぁ・・・修羅場じゃん?」





どこか楽しんでるかのような言い方にカチンと来る。





「・・で?なに?」





「ん・・・とりあえず、そこで待ってて!!今から行くから!!んじゃ、絶対待ってろよ?!」





木下君は一方的にそう言って電話を切った。





なんなの?!今日は・・・





でも。木下君からの着信で、《今から行くから》って言葉を心のどこかで期待していた。





ズズズ・・っとカフェオレを飲み干して、ゴミ箱に捨てる。





自転車置き場で、自転車を出すのに苦戦している人を見て龍を思い出した。





そういえば・・・あの日・・・龍が告白してくれた日・・・自転車出すの手伝ってくれたなぁ・・・





あの時は心臓が飛び出るんじゃないかってくらいドキドキした・・・





あの時、龍はあたしを選んでくれたんだよね・・・




嬉しいはずなのに・・・今・・・喜べないあたしがいる。








「綾!!わりぃ!!待たした!!」





電話から数十分後、木下くんはあたしの前に現れた。





「・・・木下くん。」





「・・なに?!どした?!大丈夫か?!?!」





木下君は、あたしの顔を覗き込んで慌てた様子で言う。





あたし、そんなに辛いよって顔に出てる?そんなに辛くないのに?





「おい!綾?!話してみろ!!ホラ!!お菓子食うか?!何食べたい?!綾の好きなものなんでも食べさせてやるから!!」





木下くんのあまりにも必死な様子がおかしくて・・・おかしくて・・・






あたしは泣いた。






子供みたいに、ここは駅前だってことも忘れて、人目も気にしないで・・・





ただただ泣いた。





何で泣くのかもよくわかってないまま、ただただ、うわぁぁぁぁーーんと泣いた。





木下君はそんなあたしをふんわり抱きしめてくれた。





「いっぱい泣こうな。俺が綾の傍にいるから・・一緒にいるから・・」





抱きしめられて、頭を撫でる手が懐かしい・・・





包まれる力が懐かしい・・・





木下君の鼓動が懐かしい・・・





ふと抱きしめられる力が緩められ、下から木下君を覗くと、とても優しい瞳であたしを見つめる。





あたしは・・・あたしたちは・・・





引き寄せられるようにそっと唇を重ねた。







唇が離れると同時に胸の奥からドッと温かい感情がこみ上げてきた。






初めて図書室で木下君に出会った時に感じた感情と同じ・・・






離れた唇がもう木下君の温もりを欲している・・・






たまらずギュッと木下君の胸に顔を寄せて抱きしめた。






「・・綾。」






「・・・ごめん。もう少しだけ・・・」






人が多い駅前でこんな事してるなんて、きっと行き交う人たちは呆れてるだろう・・・






今時の若い奴は・・・なんて思われてるだろう・・・






それでもいい。木下君の温もりを感じていたい。








気がつけば、さっきまで溢れていた涙はもう止まっていた。




「俺的にはこういうの嬉しいんだけど・・・さすがに人の視線感じまくりだから・・・そろそろ行こうか・・送ってくから。」





木下くんはそう言ってあたしの手を引いた。






繋がれた手をジッと見つめる。






あたし・・・木下君を利用した??






龍とサナさんとの事でむしゃくしゃして、都合よく木下君に甘えて・・・






キスしたことを公開してるわけじゃないけど、好きって気持ちだけのキスじゃなかったよね。






・・・淋しさを紛らわすだけのキス・・・だったよね?








「木下君・・・あの・・・さっきの・・・」






「・・ん?」






「・・さっきの・・ごめんね。なんか、あたし・・・」






木下君は、あぁ・・といった感じであたしの手を強く握った。






「大丈夫。そういうのわかるから。龍と色々あってその淋しさの隙間に漬け込んだのは俺だから。気にすんな・・」






「・・・木下君・・・」






「でも。俺は綾が好きだから。だから、綾が龍を忘れた頃に絶対迎えに行くから。前世で約束しただろ?絶対捜しだして、今度こそ二人で幸せになろうって・・・」








あたしは、龍が・・・






好き??










あたしの家の前に着き、あたしは木下君を見つめた。






木下君も・・・あたしの目から視線をはずさない・・・






お互い、何かを言いたいんだろうけど・・・









・・・ブブブッ・・・ブブブッ・・・





あたしの携帯がバイブした。






・・・龍から電話だ。






木下君は電話の相手が誰かに気付いたんだろう。







何も言わずにあたしの髪をサッと撫でてそのまま帰って行った。








あたしは、木下君の後ろ姿を見つめながら、携帯の通話ボタンを押した。









「・・もしもし・・龍・・・」






「・・綾・・・今日はごめん。電話で話す事じゃないんだけど・・・俺は綾が本当に好きだから・・・それだけはわかってほしいんだ・・・」






「・・・うん。ねぇ、龍・・・明日・・・」









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その電話を切って、あたしは自分の部屋に入った。






龍・・・





木下君・・・





サナさん・・・






三人の顔が頭に浮かぶ。






好きとか、愛してるとかの気持ちだけで動いちゃいけない事もあるよね。






身体の関係とか・・・妊娠とか・・・今のあたしには話が大きすぎる・・・





サナさんに対してのヤキモチなんかじゃないんだけど。





龍に対しての怒りでもないんだけど。






なんだか納得がいかない・・・






明日、きちんと話そう。






龍にも、サナさんにも・・・木下君にも・・・



次の日の夕方、あたしはいつもの自転車置き場で龍を待っていた。






昨日一日ゆっくじっくり考えた事を龍に話すため・・・






龍の名前が書かれた自転車を見つめながら、初めて龍を見たときの事を思い出す。






一目惚れなんてしたことなかったのに、龍を見た瞬間心臓があぶるような感覚になって・・・





その瞬間にあたしは龍にオチタ・・・






付き合うようになって、龍の中身を知るようになって・・・






どんどん龍が好きになった。






・・・龍・・・





龍を想うと胸がキュっとする・・・






でも・・--・・でも・・・







「綾!!」






あたしの大好きな声が聞こえた。






「・・・龍・・・」






龍はあたしが何を話したいかわかってるんだろう・・・






切ない顔で、困ったような顔で、でも優しいいつもの顔であたしを見つめる。





「・・・話って・・・ここでする?」





「ううん・・・場所うつそうか」









あたしはあえて、ここを選んだ。






龍とサナさんがキスをしていた公園・・・






「ここで話そうか・・・」





あたしがそう言うと、龍は一瞬顔を強張らせたけど何も言わずに公園に入って行った。






二人並んでベンチに座る。






どう話を切り出そう・・・






龍の横顔をチラっと見ると、龍もあたしをチラっと見て話し出した。






「・・俺さ、最低な男だよな・・・」





「・・え?」





「・・サナには情しかなかったのに・・・最低な事をした。
綾に告白したいばっかりで、サナに俺を諦めてもらう為に・・・あんなことして・・・結果、最悪な結果にしてしまってさ。」





「でも俺・・・綾が好きで好きで仕方ない・・・綾を手放したくない・・」






「龍・・・」





「なぁ、綾。こんな事言うのもおかしい話なんだろうけど、俺と今まで見たいに付き合って欲しいんだ・・・」






龍が真剣な顔であたしを見る・・・






あたしだって・・・龍と・・・






でも・・・・