「・・龍・・」
あたしは龍の袖をギュっと掴んだ。
龍は、あっ!という顔をしてすぐにあたしの右手を握ってくれる。
龍のこういう優しさがあたしは好きなんだ。
サナさんのことは、昔の事・・・今はあたしが彼女なんだから・・・
龍もあたしに一年片想いしてくれてたんだから・・・
不安になる必要・・・ないよね??
「ねぇ、龍・・・」
「ん?」
「龍は・・・あたしの事好き?」
・・・こういう不安な時はちゃんと聞いておきたい・・・
龍は繋いだ手に力を込めて言った。
「好きだよ、綾」
その言葉だけであたしは十分。
「あたしも・・龍が好き!!」
このまま・・・ずっと。
すっと・・・このまま続きますように・・・
学園祭も終わり、あたしの頭の中から《サナさん》の存在は消えていた。
龍とは毎日会っていたし、龍のあたしに対する気持ちも確実なものだったから。
学校帰り。
あたしは、CDショップに一人で寄っていた。
今日は龍は昔の友達と遊ぶ約束しているらしく、会えなくて・・・
久々に一人でブラブラできるし、美容院にでも行こうかなぁ。
前に龍が「綾って、髪染めないんだ?明るい色も似合いそうだけど?」って言っていたのを思い出した。
真っ黒なロングのストレートヘアー。
気に入っている訳じゃないんだけど・・・
イメチェンしたら龍驚くかなぁ・・・喜んでくれるかなぁ・・・
よし!!
あたしは、すぐに美容院に予約を入れた。
「あ!綾!!」
呼ばれたほうに振り返ると、木下君が友達といた。
「・・あ・・木下君・・」
「そんな露骨に嫌な顔しないでよ。ってか、一人なの?龍は??」
「龍は、今日、昔の友達と遊ぶって・・・」
「・・・昔の友達・・・?」
木下君は、視線を右にそらしてから、「あ!!そうそう!そんな事言ってたわぁ♪なぁ?」と、隣にいた友達に同意を求め、明らかに何かを隠している様子で言った。
「・・・違うの?」
「なにが?」
「龍・・・昔の友達と遊んでるんじゃないの??」
木下君に一歩詰め寄って、問いただす。
木下君は、きっと、嘘をつけない人なんだろう。
目が泳いでいるのがよくわかる。
「ねぇ!!ちゃんと答えて!!」
「あぁ・・・・っと・・・、昔の知り合いに会う・・とは聞いてる。」
《昔の友達》から《昔の知り合い》に変わってるし・・・
そんなの会ってる相手は女ですって言ってるようなもんじゃない・・・
その相手は・・・サナさん?
そう思った瞬間、胸をかき乱されるような感じに襲われる。
この間の龍のあの表情がパッと出てきた。
あたしは携帯を取り出し、龍に電話をかけた。
プルルル・・・・プルルルル・・・プルルルル・・・プルルルル・・・
プルルル・・・プルルルル・・・プルルルル・・・プルルルル・・・
コールは5回を超えている。ってことは、マナーモードじゃない。
龍は、携帯を胸ポケットに入れてるから着信音に気付かないなんて有り得ない。
嫌な予感が・・・する。
「綾・・・?」
木下君が心配そうにあたしの顔を覗きこむ。
「・・・電話に出ないんだけど・・・サナさんかな・・・」
「・・・・・・」
木下君は黙ったまま。龍はサナさんといるんだって教えてくれてるようなものだ。
「・・・あたし、帰るね。じゃぁ!!」
「あ、綾!!待って!!」
あたしは木下君の制止も聞かずに自転車置き場に向かった。
自転車置き場で龍の自転車を探す。
・・・ない。ってことは、家に帰ってるんだ。
あたしは、自転車に乗って龍の家へと急いだ。
どこで何をしてるの??
どっちから誘ったの??
何で会う必要があるの??
ドコをどう走って来たか、信号をちゃんと守ったか・・・わからない。
とにかく、龍に会いたい。
それだけだった。
龍の家に近づきちょっと冷静になってきて、美容院の予約の事を思い出してちょっとスピードを緩める。
あ・・・しまった・・・。キャンセルの電話入れなくちゃ・・
ちょうど目の前に公園が見えてきたから、公園の入り口に自転車を停めて美容院に電話を入れた。
「・・あ!すみません!!さっき予約した新海ですけど・・・用事が出来てしまって・・予約キャンセル・・・したいんですけど・・・」
そう言って、視線を自分の自転車のハンドルからちょっと上げた時。
自分の目を疑った。
電話の向こうからは、美容師さんの声がなんとなく聞こえてくる。
きっと、「わかりました」、「またお願いします」的な事を話してるんだろうけど
あたしの耳には全く入ってこない。
「・・あ・・・じゃぁ・・失礼します・・・」
会話の途中だったかもしれないけど、あたしはそのまま電話を切った。
目の前の光景から目が離せない・・・
アレは・・・どういうこと??
なんで??
あたしは咄嗟に自転車の陰にしゃがんで隠れた。
携帯を握り締めて、自分の足元一点を見つめる。
ちょっと・・待って。頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
自分がいるその場所だけが、波打ち際でサァーーーーーっと波にさらわれていくような錯覚。
ギュッと目をとじて、身体に力を入れて耐える。
そして・・・ゆっくり目を開けて、自転車のサドル越しにそっちを見た。
公園の遊具から少し離れた所のベンチに座る二人。
女の人が俯いて、肩を上下に揺らしている。
おそらく・・・泣いているんだろう。
もう一人が、その女の人の頭をポンポンと撫でる。
その手を後頭部にやると、女の人はゆっくりと顔を上げる。
何かを呟いて、その人は女の人にゆっくりと唇を重ねた・・・
女の人は抵抗する事もなく・・・下ろしていた手をその人の背中に回す。
唇が離れると、お互いをギュッと抱きしめていた。
入学した時から遠くから見てた姿だったから、あたしにはわかる。
その人が龍だって・・・
そして、その女の人がサナさんだっていうのもはっきりわかる。
・・・うっ・・っひ・・っく・・うぅ・・・
あたしは、その場で声を殺して泣いた。
いつまでもココで泣いているわけにもいかない・・・けど。
今立ち上がる勇気もない・・・
今立ち上がってしまえば、もしかしたら二人に気付かれてしまうかもしれないから。
あたし、弱いなぁ・・・。普通なら、「今のどういうこと?!?!」って二人の前に出て行くんだろうけど・・・
龍の言葉を聞くのが怖い。
ずっと片想いしてて、ソレが実って・・・幸せだったのに、今すぐにソレを壊すのが怖い。
「・・何やってんだよ。」
急に聞こえる低い声。
見上げると、木下君がいた。
「・・あ・・あの・・」
「・・アレだろ?何で黙ってんだよ?キレルところだろ??」
「でも・・・」と言いかけた時、木下君が信じられない行動を起こした。
「おい!!コラァ!龍!!お前何してんだよ?!綾いるのにも気付かねぇでさぁ!!」
「ちょっと!!木下君!!」
龍とサナさんは驚いた顔をしてコッチを見る。
龍とサナさんがあたしの存在に気付くと、二人はベンチから立ち上がりあたしの方に足を向けた。
「綾!!ごめん!!違うんだ・・・コレは・・・」
「綾ちゃん!!違うの!!私が悪いの!!」
二人して言い訳染みた事を言い出す。
二人して・・・そういうのが余計あたしを傷つけるんだ・・・
「・・何が違うの?」
もう涙で前が見えない。
「何が違うの?!違ってたら、なんでキスする必要あるの?!幼馴染なんでしょ?!変な心配しないでって二人ともあたしに言ってたじゃない?!汚いやり方しないでよ!!」
あたしは公園で遊ぶ子供たちの視線も気にしないで叫んだ。
龍があたしに駆け寄ってくる。
「聞いて、綾!キスしたことは謝る!!でも、違うんだ!!」
龍はそう言ってあたしの腕をガシっと掴んだ。
「やめてっっ!!触らないで!!」
あたしは力一杯、龍の手を振り払おうとする。
「聞けって!!」
龍の声も段々と大きくなって、あたしを掴む手の力も強くなっていった。
「痛い!!やめ・・・「おい、龍。離せって・・・」
木下君が龍の腕をひねり上げる。
「いってぇなぁ!孝太郎には関係ないだろ?!」
「関係あるんだって。ってか、お前、あの人にキスしたんだろ?ソレが綾を裏切ってるってわかってんだろ??この間は黙ってたけどさ・・・もう我慢しないから。」
「は?だから、孝太郎には関係ないだろって。さっきのキスも、訳があって・・・」
訳・・・?訳があってキスしてたってこと??どういうこと??
「私がいけないの・・・ゴメンネ綾ちゃん・・・私が・・」
サナさんもあたしの前に来て、一生懸命弁解をしようとする。
でも、それを遮ったのは木下君だった。
「どんな訳があるか知らないけど、していいこと悪い事くらいあるだろ?」
龍とサナさんは黙って俯いた。
「なぁ、龍。俺さ、昔から綾ちゃんが好きなんだわ。悪いんだけど・・・龍から奪うから。」
「昔からって・・お前らこの間の学祭で初めて会ったんだろ?!どういうことだよ・・」
木下君は左手に巻かれていたサポーターを外し、それを龍に見せた。
「・・なっ!!それって・・・綾と同じ・・・」
木下君の左手の甲にも、あたしと同じ桜の形をしたアザがくっきりとある。
前世で二人が愛し合った証・・・
「俺と綾は、昔から変な夢を見てたんだ。まぁ、信じるかどうかわからないけど・・・。
《前世》の夢を・・・」
龍もサナさんも意味がわからないという感じで木下君の話を聞いている。
「俺らは、前世で愛し合っていたのに結ばれなかった運命だったみたいで。で、このアザを残して、来世でまた愛し合おうって約束したんだよ。つまり・・・俺らがいる現世のこと。俺と綾は、前世からの知り合い・・・っていうか、恋人・・・
でも。今、綾には龍がいた・・・けど・・もう遠慮はしない。俺は前世で成し遂げられなかった事を現世で成し遂げる。」
木下君はあたしをチラっと見て、また龍に向き合った。
「綾を俺のものにするから。お前は、サナさんとうまくやってくれ。それだけだから・・じゃぁ、行くぞ!、!!」
「・・えっっ?!ちょっと・・・」
あたしは木下君に無理矢理引っ張っていかれた。
その場に立ち尽くした龍は・・・悲しそうな顔をしてあたしを見つめた。
一度サナさんの方を見て、あたしに聞こえるくらいの大きい声で・・・
「俺が好きなのは綾だけだから!!信じてくれ!!」
そう叫んだ。