確信した。
奥さんは啓介を愛してはいない。
自分の元から離れていくのが嫌なだけ・・・
しかも・・・その原因は《女》・・・それが余計に奥さんを啓介に固執させている。
あの様子じゃぁ、別れる気なし・・・
あたしはますます自分の将来が不安になった。
もちろん。
啓介の今のまま進む将来も気の毒に思えた。
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仕事を終え、家に帰る。
全く食欲もわかないから、野菜ジュースを一杯飲んで食事の代わりにした。
・・今日は寝不足だし・・とても疲れた・・。
このままベッドに沈みたい・・・
「ただいま・・・」
あたしはその声でとびそうな意識を取り戻す。
「おかえりなさい・・・」
「あぁ・・。優子、今日はごめんな・・」
「ううん・・いいの。あたしは大丈夫だから。」
「アイツ・・まさかあそこまでするとは思わなくて・・・」
「そうだね・・相当キテルみたいだね。それに・・不倫相手があたしってばれてたみたいだし。」
「あぁ。そうだな・・。他の社員にはバレてないと思うけど・・」
「・・田中くんには気付かれたかもね・・」
「なぁ・・優子。俺、今の会社辞めて他に就職しようと思う。」
啓介は趣味の悪いネクタイを外して、ソレを丸めてゴミ箱に放り投げた。
ネクタイをゴミ箱に放り投げた事にも驚いたけど、《転職》という事にも驚いた。
「転職って当てはあるの?」
「実は・・営業先から、引き抜きかかってて・・。条件もいいんだ。ソレを受けて、ある程度金が溜まったらココを出ようと思う。」
「ココを出る??自宅に戻るの??」
「そんな訳ないだろ?優子もココを出て一緒に住むんだよ。」
「あ・・たしも??」
「そうだよ。当たり前だろ?」
啓介はフフっと笑った。
あたしは啓介の胸に飛び込んだ。
「啓介・・・嬉しい・・・」
「俺には優子しかいないから・・・」
「うん。あたしも・・啓介だけ・・」
「ただ、しばらくは俺無一文だから、迷惑かけちゃうけど・・」
「わかってる。今はそれでも啓介と一緒にいたいの・・・」
あたしは少し背伸びをして自分からキスをした。
啓介もそれに優しく応えてくれる。
一度重なった唇は離れる事はなく、次第に深いものへと変わった。
啓介の指が、あたしのシャツのボタンにかかった時。
奥さんの言葉がフラッシュバックした。
《ねぇ、知ってる?愛人ってセックスだけなのよ?歳をとれば、あなたは愛人にすらしてもらえなくなるの。でもね。妻は歳をとっても妻なのよ?》
あたしは目をギュッとつむった。
「優子?どした?」
啓介はあたしの顔を覗き込む。
「ねぇ・・啓介・・あたしはこれから先も愛人のままなの?あたしって・・セックスだけの女じゃないよね?」
啓介はフゥーーっとながいため息をついて、
「アイツが何を言ったか大体のことは想像できるけど・・・俺にとって優子は愛人なんかじゃない。そういうレベルじゃないんだ。優子は一番大切な人・・一番惚れてる女。」
「ホント??」
「ホント。信じれない?」
「・・信じてる・・」
啓介はあたしに軽くチュッとキスを落とし、あたしをベッドへと運んだ。
幾度かキスを交わし、お互いの服を待ちきれないとばかりに雑に脱がせていき、また深い深いキスをする。
それだけであたしの身体はグッと熱くなった。
啓介があたしに覆いかぶさる。
「俺がどれだけ優子を愛してるか・・わからせてあげる・・・」
あたしは啓介の熱い愛撫に溺れていった。
「・・優子・・・子供・・・つくろうか・・」
啓介が色気を帯びた瞳であたしを見つめて言った。
「あたし・・欲しい。・・・来て・・啓介・・・」
あたしは自分の中で啓介の愛情を目一杯感じた。
奥さんは相変わらず啓介にお金を渡していない。
あたしは、啓介が奥さんの元に戻るのが嫌で出来る限りの事を啓介にした。
家賃や生活費、啓介の交際費、携帯代・・を全てあたしが支払っていた。
まわりからみれば、《ヒモ》状態。
でも、啓介だって色々あたしに迷惑をかけないように・・と努力してくれてる。
とても大事にしていたゴルフ道具一式を売ったり、いくつか持っていた高級腕時計も売ったり。
・・でも・・・ソレもいつまでも続くわけなく・・・
「啓介・・ごめん。あのさ、前に言ってた転職の話って・・・」
「あ・あぁ・・。ソレがなかなか進まなくて・・」
「・・そっか。早く進むといいね!」
「うん・・。ホント」・・ごめんな。迷惑ばかりかけて・・・」
啓介はそう言うと、タバコに火をつけてベランダに向かった。
啓介はタバコは大学時代に止めていた。
ところが、最近になってまた吸うようになった。
啓介曰く・・・「ストレスが溜まる・・」と。
ストレスが溜まっているのは啓介だけじゃないのに・・・
あたしだって・・自分の欲しいものも買えずに我慢してるのに・・
啓介には愛情はある。
未だに抱かれていても、気がおかしくなるくらいに快感に溺れてたまらなくなる。
啓介があたしの横にいるだけで、とても幸せだと感じるし・・・
でも・・・あたしの心のどこかで啓介に対して不信感が芽生えてきたのも事実だった。
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自分のこれからについて考え出すと、仕事にも身が入らなくなる。
さっき朝礼したばかりなのに早く昼休みが来ないか・・と時計ばかりを気にしていたりする。
「安達・・?」
隣の席から田中君がそんなあたしを見てか、不思議そうに声を掛けて来た。
「うん?なに?」
「さっきから時計ばかり気にしてどうした?」
「・・あ・・・別になんでもないの。ごめんね・・」
「・・なんでもない・・のか?」
「・・・え・・?」
「あのさ・・俺・・・「安達!ちょっとコレ請求書作ってくれるか?」
田中君の言葉を遮るように向かいの啓介があたしに話しかける。
「・・あ・・はい。わかりました」
・・・絶対わざとだ・・・
田中君は何も言わずにまた自分の仕事に戻った。
あたしも、請求書の画面を開き一呼吸して仕事に専念した。
昼休み。
あたしは京子と屋上でお弁当を食べている。
・・・京子に・・話してみようかな・・・。
「ねぇ、京子・・・」
「ん??」
京子はアイスコーヒーが入ったカップを口につけながら軽く返事をした。
「あのね・・・あたし・・・」
「木村さんの子供でも出来たとか?」
あたしはその言葉にハッとして京子を見る。
「・・木村さんとのこと・・知ってたの・・?」
カップのコーヒーをグイっと飲み干して、京子は言った。
「不倫経験者が見たら、誰でも気付くと思うよ??」
「・・そうなんだ。」 ・・・やっぱり京子も不倫した事あったんだ・・・
「・・で?奥さんの問題?それともやっぱり妊娠?」
「妊娠はしてないよ。奥さんの問題っていうか・・お金の問題っていうか・・」
あたしは、京子に啓介との現状を話した。
「なるほどね・・木村さん・・・煮え切らない男だね。優子・・はっきり言うけど・・」
「・・うん・・?」
「木村さん、優子と別れて家に戻ると思うよ。」
「・・・・・・」
「転職の話・・・有り得ないから。だって、木村さん、今度の9月で栄転するんだってさ!」
「え・・栄転??聞いてない・・・そんなの」
「まぁ、知ってるのはごく一部なんだけどね。出世するのがわかってて、転職する奴なんていないでしょ??それに不貞行為は出世の妨げになるしね・・・」
「そ・・んな・・・。」
「優子。あたし言ったよね?不倫は気持ちが入った時点で終わりにしなきゃいけない。お互いがダメになるから・・・って。」
・・・あぁ・・そうだ。
あたしは今頃になって、その言葉の意味がわかった気がした。
京子は続けてあたしに言った。
「別れは女から告げるもんだよ?」
・・・あたし・・から・・・?
あたしはその言葉を一日胸に抱えたまま帰宅した。
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普段どおりに夕飯の支度をする。
そろそろ啓介が帰ってくる時間・・・
あたしは啓介の顔を見て別れを告げる事が出来る??
・・てか、啓介と別れたいの??
でも。今のままじゃぁ、だめだ。
もう、ホントにはっきりさせよう・・・
そう思ったときにインターフォンが鳴った。
あたしはゆっくり玄関に向かい、ドアを開けた。
ドアの向こうに・・・・
田中君がいた。
「おっす・・・ごめん突然・・・」
「あ・・えっと・・・どうしたの・・・ってか、なんで家を?」
・・あ・・この間、一緒に買い物に行ったときに目の前まで送ってもらったんだった・・・
「・・ちょっといいかな・・」
田中君はそう言いながら部屋の中をチラっと見た。
「あ・・ごめん。今部屋散らかってて・・・外じゃだめかなぁ。すぐソコのファミレス行ってくれない?すぐに行くから・・・」
あたしはそう言って無理矢理ドアを閉めようとしたけど、田中君が足をドアに挟み、閉めることもできなかった・・・
「木村さん・・・中にいるの?」
「・・・・・・」
驚きで言葉も出ない・・・
「俺・・・木村さんとの事・・知ってるんだ。」
「・・なんのこと??」
「・・・木村さんの奥さんから聞いたから・・・」
あたしは、一気に足の力が抜けていった。
ヘタっと座り込もうとしたあたしを田中君は抱きしめた。
「・・・木村さんのことはもう止めとけって・・・辛い想いするだけだから・・・」
田中君の言葉にあたしは堪えていた涙を止め処なく溢れさせた・・・
田中君は抱きしめていた腕を一瞬緩めた。
顔はそのままで、視線だけを右にずらす・・・
「・・・最低な男だな・・あんたって・・・」
その視線の先に啓介がいた。
啓介は、はぁーーーとため息をつく。
「嫁がお前に色々吹き込んだみたいで?」
「あのさ・・・あんた、出世すんだろ?だったら不倫なんてばれたらまずいんじゃないの?」
「なに、それ。脅し??お前にとやかく言われる筋合いないけど??」
田中君はあたしを腕から解放して、啓介に向き合った。
「俺は、あんたみたいな男大嫌いなだけ。」
「・・田中君!!」
あたしはその場の雰囲気が険悪なものになるのを感じて、二人の間に入った。
「なぁ・・安達。俺は安達が好きなんだ。俺は安達を待ってるから・・・あとは二人で話して・・・」
田中君はそう言うと、啓介の横を通り過ぎて行った。