「翠と居ると、心臓が幾つあっても足りねーよ」


安心しきった顔で、結衣がケラケラと笑う。


「あたしに、不可能はない」


「けどさ。なんで、そこまでして偵察したいわけ?」


結衣が可愛らしい顔で、疑問を投げ掛けてくる。


でも、あたしは答えず、笑ってはぐらかした。


そんなに、深い意味はなかった。


ただ、見ておきたかった。


それだけだ。


誰も居なくて、静かな南高を。


明日からは全校生徒たちがこの広い敷地内を埋め尽くして、部活動も始まって、賑やかな雰囲気に包まれた南高しか見れなくなるだろうから。


きっと、こんなに静かな雰囲気の南高を見れるチャンスは、今日くらいだ。


だから、見ておきたかった。


大好きな両親が恋に落ち、大恋愛をしたこの場所を、独り占めしてみたかった。


「とりあえず、敷地内ぐるーっと一周して来るから。結衣はここで待ってな」


しょーがねえなー、と結衣はかったるくそうに正門前の縁石に腰を下ろした。


「早く戻って来てよね。待ってんねダリーから」


「サンキュー、シスター」


「誰がシスターじゃ! はよ行けーいっ」


ケタケタ笑って手を振る結衣にくるりと背を向けて、あたしは校舎に向かって歩き出した。