「お願いします! 翠を……娘を……」


「血圧低下、90をきりました」


突然鳴りだした、サイレンの音。


どんどん、遠く小さくなっていく。


薄く目を開けると、睫毛に残っていた雪の欠片が滲んで溶けていった。


「血圧、80をきりました。心拍数……」


「翠! 翠っ……」


泣くな。


母の手のぬくもりだけを感じながら、あたしは目を閉じた。


泣くな。


だって、あたし、ほんっとうに幸せだったの。


本当に。


宇宙一の恋をしたの、あたし。


「血圧が70をきります、意識レベル低下」


だから、泣かないでよ。


サイレンの音も、騒がしい声もかすんでいく。


とくん……とくん……とく……。


鼓動が小さく小さく、かすんでいく。


救急車のサイレンが消えて、違うサイレンがあたしの耳の奥で鳴り響く。


真夏の青空に響く、試合開始を告げるサイレン。


意識が遠のく。


耳の奥で、微かに聞こえたのは金属の甲高い音。


カン。


空いっぱいに広がる、青い色。


青空の彼方を一球のボールが、大きなアーチを描いて飛んでいく。


マウンドに立ち、ボールを見つめる背中。


【1】


そのエースナンバーに叫んだのは、元気なあたしだった。


「補欠ーっ!」


彼がハッとした様子で、振り向いた。