でもそれは、あまりにもはかなくて。


掴んだと思うと、指の隙間からするりとこぼれてまた散った。


触れることすらできない。


もう、彼に触れる事ができない。


――翠は、おれの、太陽だ


ふと、耳の奥でよみがえった声。


――太陽に誓って、おれは、翠ひとすじだ!


唐突に、何の前触れもなく、一気に涙があふれた。


もう、会うことも許されないこの現実を、恨んだ。


『行こうか、翠』


輝く雪空の向こうから聞こえたのは、やっぱり、あたしを呼ぶ声だった。


そうか。


どうしても、行かなきゃいけないか。


そうか。


本当はまだ行きたくないけど、行かなきゃならんかね。


あたしは、微笑んだ。


行こうと思う。


あそこに行ったら、もう戻れないことも分かる。


そこは、竜宮城だから。


そこは、すごくいい所なんじゃないかと思う。


そこに行ったひとはだれひとりとして帰って来たためしがないから。


父も、そうだった。


だから、いいところなんだと思う。


『翠。己の信じる道を貫く事ができたかい』


うん。


『その話、聞かせてくれないか』


うん。


はけたはずの雲が、ふたたび空に広がり、太陽を隠した。