えー、何でさ。


聞いてよ、これからが一番教えたい事なのに。


『時間はいくらでもあるよ、翠』


どういう意味?


『頑張ったんだな、翠は』


もう、苦しむ事はないよ、その声がどんどん小さくなって遠ざかって行く。


『真っ直ぐ、生きて来たんだな』


何言ってんの、まだ全然話し足りないよ。


待って、父。


まだ、行かないで。


『ご苦労さん、翠。疲れただろう』


だから、待ってって言ってんのに。


最後まで聞いてから、天国に戻ってよ、父。


夢の中なのか、現実なのかも判然としないぼんやり霞む世界で、あたしは必死に手を伸ばした。


待って、父!


あたしの話、聞いて。


『聞いてるよ、翠』


遠ざかるその声に、手を伸ばす。


『だけど、続きはこっちに来てからだ』


父の言ってる事の意味が分からん。


『じきに分かるよ。さあ、目を開けて、まっすぐ前を見て』


次の言葉を最後に、プツリと声は途絶えてしまった。


『行こう、翠』


どんなに呼びかけてみても、もう、懐かしい声は返ってこなかった。


「……」


それは、自分の力じゃなかった。


勝手に目が開いた。


まるで、何かに操られているように、昼寝から目覚めた瞬間のようにぱっと目が開いた。


「……翠!」


耳元で、母の声がした。