人だかりのざわめきに紛れて、補欠の小さな笑い声がした。


「例えば、それがどんな人ごみの中だったとしても。分かっちゃうんだったよな?」


「ああ、確かな。保障はできないけど」


だって、それはあたしがテキトーに考えて、テキトーに言ったでまかせのデタラメにすぎないのだ。


「まだ、んなこと覚えてたのかよ。意外と執念深い性格なんだな、補欠って」


照れ隠しでわざと突っぱねると、補欠は「そりゃどうも」と静かに笑った。


「こりゃまじで運命かもしれないな、って思ったんだけどな、おれ」


「……は?」


「さっき、向こうで翠を見つけて目が合った時に、これはやべえぞ、って」


補欠の視線が、横顔に突き刺さってくる。


恥ずかしくて、あたしはうつむき続けた。


「へ、へえ。あっそうかい」


「あの日、翠が言ってた事、まんざら作り話でもなさそうだなって思ったんだけどな、おれ」


なんでだろう。


なんでこの人の隣に居ると心が浄化されていって、優しい気持ちになれるんだろう。


ついさっきまで悶々としていた自分がばかばかしく思えて、無駄な力が抜けて行く。


「な、翠」


「あ?」


「ちょっとこっちに来て」


そう言って、補欠はあたしの手を掴むと人だかりを抜け出して、水槽の隅に移動した。


「なんだよ、あたしに説教でもすんのか」


とことん素直になれないあたしを壁に押しやって、


「説教してどうすんだよ」


補欠は人だかりに背中を向けて壁を作った。


「実は……これ」


とジーンズのポケットに手を突っ込んだ。


「何だ?」


首をかしげると、


「爆弾かもな」


補欠は取り出した包装紙をガサガサと開き、あたしを見て小さく笑った。