「翠!」


あたしの名前を呼んで、するりするりと人ごみをかわして来たのは、補欠だった。


「翠」


「なんじゃ! いきなり電話切るな! こっちに来るなら来るって言え!」


今にも噛み付きそうなオオカミのように威嚇するあたしを見て、補欠は困り果てたように肩をすくめた。


「別に、切っても平気だと思うけど。つうか、携帯なんか必要ねえよ」


そう言って、補欠は携帯電話をパタリと畳んでジーンズのポケットに押し込んだ。


「はあー? あたしが掛けなかったら気づかなかったくせに! たわけが」


フン、と鼻を鳴らして視線を水槽に戻した。


ああ、なんてこったい。


せっかくの再会が水の泡じゃないか。


やっと会えたのに素直になれないこの曲がりくねった性格にほとほと呆れる。


がっくし。


「最悪じゃ」


ブッフウー、と尖った溜息を吐いた時、隣に補欠が並んだ。


「なに拗ねてんだか。これが、翠の言ってた運命っていうやつなんだろ?」


「え?」


顔を上げると補欠は笑顔で、


「ほら、前にさ」


イルカを目で追いかけながら呟いた。


「夜の公園で、翠、言ってただろ?」


「……あたし、何か言ったか?」


「うん。言った」


イルカが、あたしと補欠の前でぐるんと宙返りを決めて、去って行った。


「運命の人ってさ、生まれた時にはもう決まってるんだろ?」


水槽を見つめたまま、補欠が話し続ける。


「それで、それはふたりの目が合った瞬間に分かっちゃうんだよな。確か」


「あ、ああ……うん……確かな」


急に照れくさくなって、あたしはうつむいた。