「ねえ、イルカだって!」


「え、ほんと?」


「あー、すごーい! 近くで見れるよ」


ほんの数分前まであたしと少年しか居なかったはずの水槽前は、あっという間に人だかりになった。


「えっ……やだ、押すなよ」


人の波にぐいぐい押されて身動きがとれなくて、怖くなった。


流氷のような人波が、あたしを押しやる。


後悔した。


何で、自ら、補欠から離れてはぐれてしまったんだろう。


「……補欠」


人波に押されながら、無意識に周りをキョロキョロした。


愕然とした。


これじゃ、どこに補欠がいるのか分からない。


「あ……」


そもそも、今、補欠がどこにいるのかすらわからないのだ。


ここには居ないかもしれない。


まだ、友人と話し込んでいて、ここに居ない確率の方が高いのに。


それでも、あたしは人ごみの中を必死に探した。


なんだか、ここに、補欠がいるような気がしたから。


無性に、そんな気がした。


「……うわっ」


ぐいぐい人の波に押されて、あたしは水槽のガラスに押し付けられる形になった。


「何すんだよ」


文句を言おうとして顔を上げるなり、言葉に詰まり胸が詰まり、釘づけになった。


宇宙……だ。


大きな大きな海原を切り取った水槽。


観客に悪戯を仕掛けて自由に泳ぐ、2頭の白イルカ。


ライトアップされた小さな大海原が青く白く輝いていた。


その透明度の高い青さは、あの夏の日の空色と似ていて。