いつ起こるか分からない火災に備えて、常に気を張っていなければならない。


命を救う、大変な仕事なんだと思う。


まだこんなに幼いのに母親を亡くして、消防士の父親と過ごせる時間も限られていて。


それでも、健気に我慢しているんだと思うと、抱きしめてやりたくなった。


「けど、母ちゃんに言われたんだ。男は我慢しなさいって」


少年は水槽を見つめたまま、イルカのマスコットをもっと強く握った。


「父ちゃんの仕事は人の命を救う仕事だから、すばらしい仕事なんだからって」


暗く沈んだ水槽の前で、あたしと少年は立ちすくんだ。


「おれ、父ちゃんのこと大好きなんだ。だけど、さみしくて、いつも困らせたくなるんだ」


なんでだろう。


歳は離れまくっているし、性別だって正反対だし。


今さっきここで会ったばかりで、少年の事なんて何も分からないはずなのに。


なぜか、少年の気持ちがうんと良く分かる気がする。


「分かるよ、お前の気持ち」


あたしも、同じだ。


「えっ、姉ちゃんに?」


「うん、すっげえ分かる」


ものすごく、よく分かる。


本当はめちゃくちゃ大好きなのに、いつも困らせてやりたくなる。


もっともっと、あたしを気にかけて欲しくて、あたしを見て欲しくて、構って欲しくて。


そんなの、ただのわがままでしかない事は分かっているのに。


今だってそうだ。


誰だって久しぶりに再会した友達と少しくらい話したいものだ。


それを分かっているくせに、許せない。


頭に来て、勝手に自らはぐれて、勝手に迷子になって。


携帯電話の電源をオフにするような子供じみたつまらない抵抗をして。


補欠を困らせてばかりだ。


もしかしたら、今頃、あたしの携帯に電話を掛けていて、繋がらなくて、必死に探しているかもしれない。


今すぐ電源を入れて掛けさえすれば、すぐに補欠と合流できるんだと思う。


でも、困らせたくて、それができない。