「うん。イルカはとっても優しくてきれいな目してるんだって。父ちゃんと同じ目なんだって。だから大好きだって、母ちゃん言ってた」


「そっかあ」


向こうの角で、携帯を片手に話し込んでいる少年のお父さんの背中が哀愁に満ち満ちて見えた。


「退院したら、一緒に本物のイルカ見に行こうねって。だから頑張って治すからねって、母ちゃん言ってたのに」


その時、思った。


少年のお父さんは仕事を休もうとして、今必死に電話で交渉しているんじゃないかと、なんとなく思った。


「けど、死んじゃったから。父ちゃんが連れて来てくれたんだ。なのに、イルカが来てくれないんだ」


語尾を震わせた少年は、手作りのペンダントを強く握りしめた。


「ねえ、お姉ちゃん」


「ん?」


「おれ、知ってるんだ」


「何を?」


聞くと、少年は向こうで電話をしているお父さんの背中を見つめたあと、


「今日見れなかったら、次はいつ見れるか分からないってこと。おれ、知ってんだよ」


そう呟いて、水槽の中をじっと見つめた。


「父ちゃん、いそがしいオトナだから」


その我慢たっぷりの小さな横顔に、少々胸が痛む。


まだ小学の低学年くらいなのに、なんて聞き分けのいい子なんだろうか。


あたしなんかより、よっぽど大人なんじゃないかと思った。


「ふうん。お前の父ちゃん、何の仕事してんの?」


少しだけ間を置いて、少年がぽそっと答えた。


「消防士」


「まじー? 超かっこいいじゃん! 超イケてる父ちゃんだな!」


「うん。でも、さみしい。だって、父ちゃんと一緒に居られる日はほとんどないから。おれ、いつもばあちゃんとじいちゃんの家にいるんだ」


「……そっか。消防士は大変な仕事だかんな」


やった事すらないけど、大変なんだと思う。