「さっきからずうっと待ってんのに! いつになったら来るんだよ!」


少年はサラサラの黒髪をぐしゃぐしゃに振り乱して、お父さんに飛び付いた。


「何で! 何でいないんだよー、イルカー!」


「そうだなあ……さっき、ショーが終わったばかりだから、休憩してるのかもしれないな」


優しそうなお父さんが困った顔をして、なだめるように少年の頭を撫でる。


「今日はもう諦めよう、また今度、お父さんが休みの日に連れて来てやるから。ショーは見れたんだから、いいだろ?」


「えええーっ……」


少年が唇を尖らせて眉間にしわを寄せた。


「近くで見ないと意味ないもん」


すかさず、お父さんが口を開く。


「今日は帰ろう。な。ソフトクリーム買ってやるから」


な、と手を引くお父さんの手を思いっきり振りほどいて、少年は床をダンダンと踏み出した。


「やだーっ! やだやだやだ! ソフトクリームなんかいらない! イルカ見るまで帰らないからな!」


涙を堪えてうつむいた少年を見て、お父さんは「まいったな」と呟いてしきりに時間を気にし始めた。


「困ったなあ……この後、夜勤なのに」


「……」


少年はうつむいたままだ。


しばらく沈黙が続いたあと、お父さんは、


「仕方ないか」


と少年の頭をポンと弾いて携帯電話を握りしめ、


「ここで待ってなさい。お父さん、職場に電話して来るから」


とその場を離れて行った。


「何だよ……仕事、仕事って。父ちゃんのバカ」


悔しそうに呟いて、少年は首から下げていたそれをぎゅううっと握った。


うつむく少年の目から、ほろりと涙が落ちた。


あらら……泣いちゃった。


「キライだ、父ちゃんなんか……キライだ」


ぽつり、ぽつり、と少年の涙が床に落ちて行く。


なぜだか、どうしても、少年の涙を見なかった事にはできなかった。


「ねえねえ、少年!」


巨大な水槽の前には、あたしと少年だけだった。