「……た……す」


「しゃべるんでねえ。ゆっくり、息してみれ」


近所のばあちゃんが、あたしの手を取ったのは分かる。


だけど、もう、その感触を確かめる気力があたしにはなかった。


もしかしたら、もしかするのかもしれない。


そんな事を思った。


そんなのは嫌だ。


ビクリと指が動いた拍子に、人差し指が固い物に触れた。


雪に埋もれた、イルカの携帯ストラップの端だった。


頭や肩に雪が降り積もり、体の芯にまで寒さが刺さるように染み込んで来る。


こんな所でのたれ死んでたまるか。


早く起き上がんなきゃ。


それで、駅前にいかなきゃ。


補欠が待ってる。


でも、どうしても体が動かない。


養成ギブスで全身を固められているようだ。


あたしは力を振り絞り手を伸ばし、必死にイルカに触れた。


補欠……。


触れたクリアピンク色のイルカから温かな想い出が体内に流れ込んで来る。


涙があふれる。


それはじわじわと、まるで木漏れ日のように暖かく。











「何さあ! これ! 超かわいくない?」


木の葉が淡い紅色に色づき始めた秋の始まりに、補欠が連れ出してくれたのは、小さな小さな宇宙だった。


「やっべえよ! 補欠うー! 見て見て、これ! look、look!」


電車で一時間かけて行った、リニューアルオープンして間もない水族館。


長蛇の列に30分並んでようやく館内に入るや否や、あたしはグッズが並ぶマリンショップに飛び込んだ。


「補欠ー!」