寒くて、手がかじかんだのとは少し違う気がした。


「翠ちゃん? どうかした?」


どうしたの? 大丈夫? 、と携帯電話から漏れる涼子先輩の声にハッとして、急いで耳に当てた。


「ヘイ、すまん! 手、冷たくてさ。ケータイ落としちゃった」


「え、今、もしかして外にいるの?」


「そういう事。これから補欠とシネマなんだ」


びへーっくしょーい! 、と豪快なくしゃみをすると、


「ああ、そうなんだ。ごめんね、せっかくのデートの前に」


涼子先輩がやわらかく笑った。


「じゃあ、もう切るね。夏井くんによろしくね」


「うん。涼子先輩も体大事にしてよ。赤ちゃん生まれたら、あたしにも抱っこさせてくれる?」


もちろん、と本当にうれしそうに笑った先輩の笑顔を想像しながら、電話を終えた。


通話ボタンを押して、冬の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「うーん! そっかあ! 翠夏かあ!」


白くけぶった吐息は、上空に吸い込まれるように消えて行く。


「さみっ! てか、やべえ。時間、かなりロスったぜよ」


少し遅刻してしまう事を補欠に連絡しようと、あたしはバッグにしまいかけていた携帯電話を握りしめた。


「あっ、そうだ」


ついでに、今の話も教えてやろうか。


「……いや、待てよ」


お楽しみは後にとっておくべきか。


会ってから話して、びっくりさせてやろうか。


補欠もきっと、あたしと同じ事を言うんじゃないかと思う。


何、それ、最強にいい名前じゃん、て。


想像すると楽しくて、わくわくしてくる。


早く、来月になんないだろうか。


早く、翠夏に会いたいものだ。


折りたたんでいた携帯電話を開くと、ストラップがシンプルに揺れた。