茜と蒼太は、もう保育園に行った。


母は今日、休日出勤の代休日で仕事は休み。


これもまた、何かの巡り逢わせと運命だったんじゃないかと思う。


「本当にすみません。ご迷惑おかけします。あの子、言い出したら聞かなくて……ええ」


洋子と話しながら、母があたしを見てニヤリと口角を上げた。


「ああ、居ますよ、翠。今、出るところで」


と母が受話器をあたしに向けた。


「ほれ」


「あ?」


「洋子さんが、お前と話したいって」


「えっ! 洋子が? イエーイ! 寂しがり屋だなあ、夕方にはそっち行くのにー」


今日は、初めて夏井家に泊まりに行くのだ。


これから補欠と駅前で落ち合って、映画を観て、ブラブラして夏井家に向かう。


「もっしー! 洋子」


母から受話器をぶん取って耳に当てると、優しい声が返ってきた。


「ハロー、翠ちゃん。今日、待ってるからね! 早く来てね」


「オッケ! じゃ、映画観たら行くかんね」


「ああ、楽しみ! 夕飯は何がいい? 私、これから買い出しに行くところなの」


「何でもいいよ。洋子のごはんは激うまーだからね」


「ハンバーグとかどう?」


「いいねえ! 乗った!」


まさか、この何でもない会話が洋子との最後の会話になるなんて、知らなかった。


家を出る前、あたしは仏壇に向かい、静かに手を合わせた。


「ね、父。あたし、決めたよ」


位牌の中の父は、今日も爽やかすぎるほどの笑顔だ。


「今日、補欠に打ち明けることにする」


明里の言う通りだ。


すれ違ってからじゃ遅いと思うから。


「じゃあ、母、行ってまいる!」


新しく買ったロングブーツに足を通して、バッグを持った。


焦茶色のジョッキーブーツは、結衣が選んでくれた代物だ。


かなり気に入っている。