「だから、あたしのスッピンだって大好きに決まってらーい!」


ゴリゴリとまるで床に雑巾がけをするように、顔をシートでこすった。


そして、ヒリヒリ痛む顔を手鏡に映しだす。


「ふむ」


見事なのっぺらぼう。


眉毛は姿形ないが、


「なかなかイケるな」


満足気に鼻を鳴らしたあたしを見て、母がプッと吹きだした。


「そうそう。お前はそれくらい威勢が良くないとな」


そう言って、母は楽しそうに笑った。


本当に楽しそうに。


「翠。あたしの前では弱音吐いていいからさ。響ちゃんには」


「え?」


「響ちゃんには、笑ってあげな。どんなにつらくても、笑ってやんなよ」


だって、あんたはさ、と母が言いかけた時、また母の携帯電話に着信が入った。


案の定、それは補欠で。


もう、近場に来ているらしい。


「続きは、また後でな」


と、母は携帯電話を握ったまま、補欠と健吾を迎えに病室を出て行った。


そっか。


そうだよな。


補欠の前では、どんな事があっても笑っていたい。


ふと見ると、窓の向こうは相変わらずの雨模様で、だけど。


「……あっ!」


8階という高さから見えた雨色の町並の中にそれを見つけて、あたしはベッドを抜け出した。


白い建物、茶色のグラウンドをぐるりと囲む緑色のフェンス。


「学校見えるし! 最強、この病室!」


施錠を外して、豪快に窓を開け放った。


雨の瑞々しい匂いと、夏の湿気をたっぷり含んだそよ風が病室にすうーっと入って来て、窓辺に掛けていた制服が揺れた。


これもまた、運命か。


あたしたちが出逢い、恋に落ちた、南高校。


校舎を見ることができるこの病室にさえ、運命を感じた。