「そういえば、何か話あるんじゃなかったっけ?」


背筋がギクリとした。


「あ……」


すっかり忘れていた自分に呆れてしまった。


でも、あたしはとっさに首を振って笑ってはぐらかした。


「……なんだっけ? 忘れちまった!」


補欠に、嘘をついてしまった。


「忘れたー? 大事な話だったんじゃないのか? 忘れるか、普通」


忘れたなんて、嘘だ。


嘘を超えた、大嘘だ。


だも、こうするしかなかった。


他の方法なんて思いつかなかった。


「忘れたもんはどうしようもないじゃん! 忘れたんだから」


「はあ……まあ、思い出したらでいいけど」


「うん」


思い出さないようにしようと思う。


だって、仕方ないじゃないか。


エースになれるか、なれないか、明日それが決まるって時に。


そんな正念場の一大事の時に。


あたし、病気なんだ、なんて言えるバカがどこに居るって話だ。


今すぐどうこうなるようなことじゃない。


たいしたことじゃない。


「しっかりつかまってろよ」


「はいさ! まかしときな!」


自転車の荷台に飛び乗って、あたしは補欠に抱きついた。


あたしを乗せた自転車が、夕陽を目指して加速する。


あたしのことなんて、そんな大した問題じゃない。


今は、補欠の夢の方が何よりも大事だ。


こんな時に、あたくし事で余計な心配かけたくない。


動揺させたくない。


病気のことんら、補欠がエースになってからでも言える。


今言わなくても、いつだって言える。