その時、泣かずに済んだのは、公園にきったない汚れた猫が入って来て、ンギャアとこれまたきったない声で鳴いたからだ。


「……なんだよ、今、めちゃくちゃかっこいいこと言ったのに」


ちえっ、と舌打ちをして、補欠があたしの手を離した。


「あの猫のせいで台無し」


何言ってんの。


全然、そんなことない。


台無しなんかじゃないよ、補欠。


「ンギャー」


野良のくせに妙になつっこい猫が、補欠の足に薄汚れた頬をすり寄せた。


「うわ、きったねえー。お前、白猫? 汚れて灰色になってるけど」


補欠にひょいと抱き上げられた野良猫は、満足気に鳴いた。


「ニャー」


嬉しそうな顔をして、甘えた声で。


野良猫の顔を見た補欠が、小さく笑った。


「こいつ、翠にそっくり」


「え! どこが? あたし、こんな汚くねえよ」


むっとしていると、補欠は野良猫の頭をぐりぐりなでて、目を半分にした。


「この生意気そうな目つき。そっくりじゃねえか」


なー、と補欠が言った瞬間、野良猫はすねたようにフンと鼻を鳴らして、


「あっ、待て」


補欠の腕からするりと抜けだして、ストンと地面に着地した。


そして、一度も振り返ることなく、トトトと公園から飛び出して行った。


「なんだあいつ、生意気ー」


補欠が苦笑いした。


「いやっ、別に翠のこと言ったわけじゃねえからな。あの野良のことだから」


「うっせえなあ、言わんでも分かるわい」


すごくよく分かった。


普段、口数が少ない補欠。


無表情で無口で、不器用な補欠。


だけど、補欠は誰よりもいろんなことを、誰よりも真剣に考えているんだって。


すごく、よく分かる。


それから、少しの時間をベンチに座って、他愛もない話に花を咲かせた。


空の袂が朱色に色づいたころ、


「そろそろ帰るか」


と補欠がベンチを立った。


「うん」


スポーツバッグを背負った補欠が「あっ」と振り向いて、あたしを見て来た。