今は野球に集中したい。


そんな理由。


さすが、補欠と健吾の後輩だよな、と思う。


典型的な野球バカだよな、って。


「ね、ね、翠さん。今度、おれと映画でもどうっすか?」


勇気は、弟みたいだ可愛かった。


「うむ。悪くないな、たまには。行くか、勇気」


「まじっすかー?」


「うむ。どうせ、毎日ひまだしな」


やったー! 、とショウリュウケンをやってみせる勇気を睨んで、補欠があたしを背後に隠した。


「ダメに決まってんだろ。ダメだ」


補欠の背中は去年よりも幅広くなっていて、少し、ドキドキした。


「ええーっ、なんでですか! 別に略奪しようとか、そういうのじゃないのに!」


ぷくう、と頬をふくらます勇気。


「あー、それは、その、あれだ」


補欠がどもりながら、ちらりとあたしを見下ろした。


「翠は……おれのだから」


ぽつ、と呟いて、補欠は左手であたしを背中に寄せた。


いかん。


こんなの、反則だ。


「だから、ダメ。いくら勇気でも、それだけはダメだ」


心臓が止まるんじゃないかと思った。


ちょっとだけ、泣きそうになった。


おれのだから、その言葉を聞いた瞬間、一生分の幸せを使い切ってしまったような気がした。


その瞬間だけは補欠の私物になれた気がして、泣きそうになった。


口もとを手でおおって、勇気がプーッと吹き出した。


「冗談っすよ、冗談。なに間に受けてんすか、夏井先輩」


補欠の背後にいたあたしを見て、勇気が笑った。