見てはいけないものを見たような気がするのは、なぜだろう。


体が冷え切ったのもあって、なかなか立ち上がれなかった。


「待って!」


その時、裏口から飛び込んで来たのは涼子さんだった。


「翠ちゃん!」


「はっ……いや! ごめん! ほんとに聞くつもりなくて」


慌てて立ち上がったあたしに、涼子さんは清楚に微笑んだ。


「ごめんね。私たちのせいで、出るに出られなかったんでしょう?」


本当にごめんね、そう言って、涼子さんはブレザーのポケットからハンカチを出した。


「わあ……びしょびしょ」


雪が溶けて濡れたあたしの顔を、涼子さんがハンカチで拭いてくれた。


淡い淡い、桃色のハンカチからは甘い香りがした。


「いい! 大丈夫だし」


ハンカチを手で制すると、涼子さんがクスクス笑った。


「だめ。翠ちゃんが風邪でも引いたら、夏井くんに怒られちゃいそうだもの」


言葉が喉につっかえて出てこなかった。


なんで……なんでこの人は、あたしなんかに優しくできるんだ。


会えばいつもあっかんべーをして逃げるような、生意気なあたしに。


涼子さんも補欠のことを想っていたくせに。