あいつ、何やってんだろ。


真っ直ぐ、直立するその姿にやけに惹かれるあたしが、確かに存在していた。


もう、目が離せなかった。


へんなやつ。


南高の野球部かな。


……だったら、こんな時間にたったひとりで、不法侵入みたいな真似しなくてもいいだろうに。


しかも、私服だし。


「はっ……もしや、スパイか?」


他校の野球部員がスパイに来たのかもしれん。


……でも、練習もしていないがらんとしたグラウンドに、そんなことしに来るわけないか。


でも。


「何やってんだ」


呟き、木に隠れながら、あたしは見つめ続けた。


夕方のグラウンドに、春の西風がやわらかく吹き抜けて行く。


その瞬間、


「……あっ」


あたしは息を飲んだ。


彼がマウンド上で上半身をひねりながら、大きく振りかぶる。


グローブをつけていなければ、ボールを握っているわけでもないのに。


まるで、エアギターみたいに、大きく振りかぶって存在しないボールを、投げた。


その左腕が、春の風を真っ二つに切る。


「左……利き……」


大好きだった父譲りのあたしと同じ、左利きだ。


そして、被ってもいないのに左手でキャップを取るジェスチャーをしたあと、彼は前方に深々と一礼した。