しばらくレオニードは剣を構え、ナウムの消えた廊下を睨む。

 何も起きないことを確かめてから、みなもへ振り返った。
 ナウムを斬りつけた時は怒りの形相を見ていたが、今は心配そうにこちらを見つめている。

「みなも、ケガはないか?!」

「あ、ああ。大丈夫だよ。……まさかアイツと会う羽目になるとは思わなかった」

 急な切り替わりにびっくりして、みなもはレオニードを見つめる。

(……ここまで誰かに心配されたのは、姉さんと離れて以来だな)

 昼間のことも今も、慣れない扱いに戸惑うが、少しだけ懐かしく思えて嬉しい。思わず安堵して力が抜けそうになる。

「そうか……」

 レオニードが目を細めて笑う。本当に心配している気配が分かって、妙にくすぐったい。
 みなもは短剣とつま先の刃をしまい、額ににじんだ冷や汗を拭う。

「顔色が悪くなっているな。怖い思いをさせてすまない」

 言われてみなもは自分の頬に触れると、手に肌の冷たさが伝わった。
 ナウムの顔を思い出し、みなもは眉根を寄せる。

「……別に、怖かった訳じゃない。アイツが変なことを言うから――」

「変なこと? 何を言われたんだ?」

「オレのものになれ、ってさ。……考えるだけでも嫌になる。そんなことを男相手に言うなんて、趣味が悪いよ」

 一番の動揺は女だと見抜かれた事だが、これも嘘ではない。
 あの男の下に組み敷かれるというのを想像するだけでも吐き気がしてくる。

 心の中でみなもが忌々しく思っていると、レオニードが視線の温度を下げて、ナウムが去ったほうへと瞳を流した。

「あそこで何が何でも斬りつければよかった。次に会った時は、確実に仕留める」

 レオニードにつられ、みなもも同じ方向へ冷めた視線を送る。

「俺も次に会う時は、使える毒を全部使ってやる」

 軽く深呼吸して苛立ちを抑えると、みなもは再びレオニードを見上げた。