(その手で俺に触るな!)

 焦る気持ちを抑え、みなもは相手に気づかれぬよう、腰に挿していた短剣を抜き、腕をつかむ白い手を刺そうとした。

 突然男は振り返り、みなもが短剣を振り上げた手をつかむ。
 そのまま両手首を掴まれて、壁に押し付けられる。

 悔しいが力では勝てない。しかし、ここで死ぬ訳にはいかない。

 みなもは左足で右足をいじり、靴の先端に仕込んでいた毒の刃を出す。

(殺られる前に、手を打たないと)

 これは相手の命を奪いかねない毒だ。本当なら使いたくないがやむを得ない。
 みなもは膝を上げ、つま先の刃で男の足を斬りつけた。

「おおっと、危ない」

 咄嗟に男はみなもを離し、後ろへ飛び退く。

 聞き覚えのある声を漏らしながら。

 昼間の悪寒が甦り、みなもの顔が強張った。

「……昼間はどうも」

 軽くピュウと口笛を吹き、男は顔から布をはずす。
 そこには見たくもない白い顔と、赤い目があった。

「覚えていてくれたか、嬉しいなあ」

「俺は嫌なことをされたら、ずっと根に持つ性格だからね。昼間の仕返しができるから、会えて嬉しいよナウム」

 ナウムは昼間と変わらず顔をにやけさせ、濁った暗紅の瞳にみなもを映す。

「名前まで知ってくれたなんて感激だなあ。あんな堅物よりオレに興味持ってくれた?」

「別に。二度と顔も見たくなかった」

 みなもが冷やかに睨んでも、ナウムは飄々とした態度を崩さない。むしろ嫌になるほど嬉々とした顔を浮かべてくる。

「なあ、オレと一緒にバルディグへ来いよ。オレのものになれば、いい思いをさせてやる」

 何を考えているんだ、この男は。
 新たな悪寒に耐えられず、みなもは顔をしかめる。