山を降りてから整地された道を進み、小高い丘で馬車は止まる。

 みなもが外へ出ると、丘の下に賑やかな街並みや、港に停泊する様々な船が目についた。
 海風に帆や店の旗がたなびき、街の向こうには藍と緑の海が混じり合い、日差しを浴びて美しく輝いている。

 顔に当たる日差しが強く、みなもは目を細めた。
 足元がふらついてしまい、丘からザガットの街へ続く階段に腰かける。

 馬車酔いが抜けず、まだ体が揺れている感じがする。
 下を向いたら吐きそうだ。

 みなもは強引に頭を上げ、ザガットの入口を眺めた。
 手前はまばらだが、街中に入れば入るほど出店が増えている。人通りも多い。

 次は馬車じゃなくて、人ごみに酔いそうだ。
 静かで穏やかだった山村が懐かしい。
 みなもが遠い目をしていると、隣に来た浪司が目前で手を振ってきた。

「歩けそうかーみなも? 無理だったら担いでやるぞ」

 心配させまいと、みなもは吐き気を呑み込んで微笑んだ。

「大丈夫、どうにか歩けるよ。ただ、ちょっと静かな所へ行きたい」

「任せてくれ。ザガットはよく来ているから、ワシの庭みたいなもんだ。いい穴場があるから連れて行ってやるぞ」

 口端を上げてから、浪司は後ろを向き「それでいいか?」とレオニードへ尋ねる。
 無言で頷いてから、レオニードはみなもに近づき、手を差し伸べた。

「みなも、立てるか?」

 少しレオニードの大きな手を見つめてから、みなもは頷いて彼の手を取る。
 そのまま力強く手を引かれ、なんの苦もなく立ち上がることができた。

 以前なら北方の人間の手につかまるなんて、と思っていただろうが……慣れるものだと、みなもはわずかに苦笑した。

 浪司を先頭にして、さっそく階段を下りてザガットの通りに足を踏み入れ――すぐに横道へ逸れて、幅の狭い小道に進んでいく。
 両脇に並ぶレンガ造りの建物が陰を作り、疲れた体を日差しから守ってくれる。

 こちらの様子をうかがいながらも、軽い足取りで浪司は進んでいく。後姿を見ているだけでも、活き活きとしている様子が分かった。

 しばらくして。字の消えた小さな看板がぶら下がった、一軒のさびれた店の前で浪司は立ち止まった。