がたん、ごっと。
 険しく荒れた山道は、延々と馬車の車輪を突き上げ続ける。揺れに合わせ、床に座る旅人たちの体が跳ねた。

 幌を被せた大きな荷台の床へ直座りという、山越え専用の大衆馬車。決して乗り心地はよくない。
せめてもの救いは、乗る人数が少なく、密集していないこと。

 おかげでみなもたちが馬車の奥に陣取っても、出入り口から届けられる風を堪能することができた。

「いい風が入ってくるなー」

 浪司は馬車の床にあぐらをかいて座り、気持ちよさそうに背伸びする。
 そんな余裕のある姿を、みなもは隣から横目で見やる。

「……ザガットの街は、まだ?」

 口を開くと吐き気が喉まで出てくる。
 酔い止めの薬は飲んでいたが、予想以上の悪路。
 その上に村を出立してから七日間、馬車に揺られっ放し。
 対策空しく、みなもは馬車酔いに苦しんでいた。

 そんなみなもを浪司がニヤニヤしながら見つめてくる。

「あと二刻ぐらいで着くぜ。それまでワシの所に吐くんじゃないぞ」

 嫌なことを聞いてしまった。
 お陰で気分はさらに悪くなり、みなもの体が横へ崩れ落ちそうになる。

 隣に座っていたレオニードが、咄嗟にみなもを受け止めた。

「大丈夫か?」

「あ、ごめん。こんなことなら、もっと酔い止めの薬を改良すればよかった」

 はあー、と大きく息を吐いて、みなもは出入り口から見える遠くの景色を眺める。これ以上酔いが進まぬための、悪あがきだった。

 馬車は山の頂を過ぎ、道を下り始めていた。
 道の脇を彩る木々も、遠くに広がる森も、新緑の葉が精一杯に手を広げている。
 住んでいた村から西にあるこの地域は、一年の中で最も力強く緑が息づいていた。