『大丈夫、倖知といるよ♪ただ真吾クンも心配してるから、連絡するだけだよ。
…ここで電話してもいいんだけど、聞きたくないでしょ?
大丈夫、すぐ終わるからさ♪あ、私が真吾クンに電話するからってヤキモチやかないようにっ!!倖知の旦那なんか口説かないからさっ』
彩が外に電話しに行って、また部屋に1人きり。
狭い部屋の中、
まるで別空間に取り残されたような錯覚に陥る。
10分後くらいに彩は戻ってきた。
『私、今日泊まってくから~。真吾クンは今日は車で寝るってさ。自業自得だよね♪』
ペロッと舌を出して笑う彩につられて私まで笑っちゃった。
あ……
ここは私の部屋なんだ………。。。
『さて…、さっきの話だけど…』
彩は優しい口調で話を続ける。
『今、目の前に由樹って人いたら私はまちがいなくひっぱたいてるんだろうな(苦笑)
…でも、私は真吾クンと別れるってのは絶対反対!!』
『どうして??彩には…あの時の私の気持ちなんか分からないんだよ』
『確かに私には、
今の倖知の苦しくて悲しい気持ちは全部分からないよ。
けどね、父親がいない子供の気持ちなら分かるよ。
私がどうしてこう言うのか、倖知が1番分かってくれるって思ってるんだけど??』
うん…、分かってるよ………。
だって、彩には父親がいない。
あれは7年前―――
私は、この時初めて彩の事を抱きしめた。
大丈夫…大丈夫…
この時は、私が何度も彩に言った。
私たちがまた中学1年生の頃…――
私と彩はいつも通りまだ少しぶかぶかのセーラー服を来て一緒に学校へ行った。
この日の出来事を
私も今でも忘れはしない……。
『片桐!!』
2時間目の放課中に彩は先生に廊下の片隅に呼ばれた。
先生と話てる彩は明らかに顔色が青ざめていった。
彩はそのまますぐに先生の車に乗って帰ってしまった。
彩、どうしたんだろう…??
私は心配になるものの聞ける相手はいないし、
とりあえず彩の教科書やジャージをカバンに片付け、帰りに届けてあげよう…と思っていた。
3時間目が始まっても先生は帰って来ないまま、にぎやかな自習をして待っていたら
『遅くなってすまん。授業始めるぞ~』
先生は途中で帰ってきた。
『先生~?彩はどうしたの~?』
『片桐は家庭の事情で早退だ』
『ふぅ~ん…』
家庭の事情??なんだろ???
中学一年生の私はまだ“家庭の事情”なんてあまり深く考えれないまま、
授業が始まったことにため息ひとつついて教科書を開いた。
キーンコーンカーンコーン……♪♪
チャイムだ♪
3時間目が終わり、私は黒板を消している先生の所へ行った。
『先生~。彩、カバン忘れてっちゃったから、帰りに私届けに行くね~』
何気なくそう言ったら、先生は…
『職員室に一緒に来な』
少し真剣な顔つきで小声で私に話しかけた。
この時、彩になにかあったんだ……と、嫌な予感が心を走った。
足早に職員室に入り、椅子に座ると先生は私に話始めた。
『成瀬(私の旧姓)は、片桐の家と仲がいいんだよな??』
『うん。幼なじみだもん。彩とは幼稚園の頃から一緒なんだよ。……彩になにがあったの???』
『片桐のお父さんが亡くなった…』
『―――えっ……』
時間が止まったように私は固まった…。
信じられない…。
彩のお父さんには私も娘のように可愛がってもらってる…。
一緒に遊んだ…一緒に旅行も行った…悪い事をしたら真剣に怒ってくれた…。
私も大好きな彩のお父さん…。
どうして…いきなりどうして??
私はパッと目を見開き思い出す…
『彩っ!!!!!』
いつも強がって、私にも弱音なんてたまにしか言わないけど
私知ってるもん!!!
本当は私より泣き虫で私より甘えん坊で私より寂しがりな彩を
私が1番知ってるもん!!!
絶対に彩は今、不安で…悲しくて…苦しくて…寂しくて…泣いてる!!!
私が呆然としてる場合じゃない!!!
彩のとこ行かなきゃ!!!
行かなきゃっ!!!!
『成瀬…???』
『せんせ…?私、早退する…』
『はっ?』
いきなり早退を申し出る私に、あっけにとられる先生。
『彩のとこ行かなきゃ!!!』
『おい!!成瀬待て!!!』
勢いよく職員室を飛び出した私に先生が叫ぶ。
『説教なら明日聞きます!!!!』
そう、説教くらいなら後でいくらでも聞くよ!!!!
今は…彩の事しか考えられない!!!
私は教室に戻ることもなく、職員室から飛び出し下駄箱に行き、靴を履き替え全力で走った。
………おじさん!!!!
………彩っ!!!!!
『ハァ…ハァ…ハァ…ッ』
ドンドンッ!!!!
彩の家の玄関を力強く叩いた。
『彩っ!?おばさんっ!?倖知だけど!!!』
息を切らしながら何度もドアを叩くけど留守らしく返答はない。
『イテッ…』
わき腹が痛い…。
無我夢中に全力疾走してきて、痛い事に今さら気付いた…。
とりあえず、私は交差点をひとつ曲がるとある自宅へと帰った。
『ただいま~』
『倖知!!今先生から学校から飛び出したって電話あったのよ!!』
お母さん、真っ赤な顔つきで怒ってるものの…
私が彩のお父さんとお母さんに まるで娘のように可愛がってもらっていたのと一緒で、
私の両親も彩の事が大好きで心配なんだ。
『彩ちゃんの家行ったの??』
『うん。けど誰もいなかった…。また後で行ってみる』
『そう…。家にもなにか連絡来たら教えるわね…』
私は冷蔵庫をあけて飲みかけの牛乳をパックに口をつけて飲み干す。
いつもなら、『行儀悪い!!』って怒るお母さんも今日ばかりは何も言わない。
『おじさん…どうしてかな?』
あんなに元気いっぱいな人だったのに……。
彩のお父さんはトラックの運転手さんで、身体も大きくて一見コワモテに見えるから近寄り難い感じなんだけど、
ニコッと笑った顔にはえくぼが出来て、私たちがまだ小学生の頃なんか、一緒に公園でジャングルジムに登って私たち以上に
はしゃぐカワイイお父さん。
私が最後におじさんに会ったのは、ほんの3日前。
いつものように彩と登校中歩いてたら…
―…プッ、ブブー!!
後ろから車の低く響くクラクションの音が聞こえた。
振り返ると、信号待ちのトラックに乗ったおじさんがいて、
いつものえくぼ笑顔で手をふっていた。
『もぉ、恥ずかしいなぁ!!』
そう言ってまたスタスタ歩いて行っちゃった彩だけど、顔はにやけてたもん。
本当は嬉しいくせに♪
『行ってきま~す♪♪』
私はずっとニコニコ手を降ってくれてるおじさんに、恥ずかし気もなく大きく手をふった。
『倖知!!先行くよ!!』
『待ってよ~!!!!』
朝からテンション高く学校へ向かったんだ。
3日前の私たちは、何も変わらない日常だったのに…
こんな風に一転するなんて思ってもみなかった……。
私は自分の部屋の窓際にあるベッドに寝転んだ。
おじさんの現実に、悲しくて涙が出て、枕を濡らした。
けど……
おばさんと彩は今誰よりも悲しみの中にいるんだ!!!
ガバッとベッドから立ち上がり、カーペットに脱ぎ捨てられている私服に着替える。
“私が彩を守ってあげなきゃ!!!!”
洗面所で顔を洗い気合いをいれた。
そこへ、家の電話が鳴った…―――