『真吾ぉ…私はね、笑って…最後まで真吾と笑って終わりたかっただけなんよ?真吾と幸せになれるって、幸せ噛みしめながら笑ってみんなにありがとうって言いたかったんだよ…?
贅沢がしたかったわけじゃない。特別になりたかったわけじゃない。
ただ、ただ普通に笑ってありがとうが言いたかった。でも…出来なかった。
……贅沢なのかなぁ?私が想い描いた真吾との幸せな挙式は特別だったのかなぁ?』
真吾は黙っていた。
涙を拭う事も忘れて、別れの決意を伝えた私に対して、少し顔を歪めて黙っていた。
『私…由樹さんがいても関係ないって思えたんだよ?でも、やっぱりダメだった…。ごめんねぇ、真吾。私、弱いからやっぱり耐えれなかったよ』
『倖知が謝る事じゃないよ…。悪いのは、全てに区切りを付けてなくて、倖知を守れなかった俺だから……』
真吾は私の瞳から視線を外し、うつむく。
真吾の強い瞳が私の前から消えた。
私から視線を外していた真吾はハッとして、もう一度私の瞳を力強く見つめた。
『……お腹の子供は…!?!?お腹の子供はどうするんだ!?!?俺はこれからも守っていきたい!!』
『産むよ?当たり前じゃん。この子にはなんの罪もないもん。だから産むよ』
『そこに、俺の姿は見えないのか!?!?』
真吾の想いは伝わってくるよ。
でも………
『真吾は…いないよ。私が、私の全てで寂しい想いはさせない』
『俺はどうすればいいんだよ!!!!』
ガンッ…ガンッ…!!
真吾は自分の拳を床に叩きつけた。
どこにも向けれない気持ちを叩きつけるように…。
『分かる?感謝の想いでいっぱいな両親に…、娘の幸せを望んでくれた両親に…、謝る事しか出来ない娘の気持ちがあなたには分かる??
真吾も親になるなら…自分の子供がもしそんな想いをしてるって思ったらあなたは一体どう思う?それでも、一緒にいろと言える??』
『―――ッ!!!』
自分でも分かってるよ…。
こんな事を真吾に言ったらいけないことくらい……。
だって、こうして真吾を責め続けるのは違うのかもしれない。
由樹との過去がきっかけになった私の別れの決意を真吾に訴え続けるのは違うのかもしれない…。
過去はあくまでも過去なのだ…と、
割りきれ、全てを受け入れ、平然と今まだ手を伸ばせば届くかもしれない目の前にある幸せだけに浸れたら
なんて幸せな事だろう。
現実には出来もしない理想論ばかりを抱えあげ、醜い現実を知る。
私は……
醜い。
私に責め続けられ、私にかける言葉も見つからない真吾は…ただ黙っていた。
『…ごめんね、真吾』
私は立ち上がり冷蔵庫へ向かう。
『あ…水ないや。コンビニ行ってくるね』
『……いいよ、俺が行く。倖知は休んで待ってて』
真吾も立ち上がり、茫然自失のまま靴を履く。
『頭…冷やしてくる』
真吾はそう言うと玄関の扉を開け出ていった。
バタンッと扉が閉まる音が、渇ききった私たちの心の中まで響きわたった気がした………。
こんなはずじゃなかった…
こんなはずじゃなかった………
そんな想いだけが次から次へと溢れだして
真吾がいなくなった部屋で、1人ただ座りこみ嗚咽に近い泣き声で泣きながら
お腹に手をあてながら精一杯、この押しつぶされそうな現実の中で、“私”でいることを保つことしかできなかった。
狂乱も出来ないまま
ただ、泣き続けていた。
……ピンポーン、ピンポーン――――
冷蔵庫に座りこんだまま動けずにいたところに、ドアベルが鳴った。
『…真吾?…違うか』
真吾はベルなんて鳴らさないよね…
自分にちょっと呆れてクスッと苦笑し、重い足取りで玄関へ向かう。
『……だれ…ですか?』
玄関の扉越しに聞くと…
『倖知!?私!!!』
この声は…――
『あ、彩…』
『開けて!?』
彩がどうして?
こんな私を見せて心配させたくない。
けど、こんな時に誰より会いたいのは……
『あやぁ……』
泣きながら玄関を開けると、彩はガバッと私に抱きついてきた。
力強くギュッて抱きしめて
『大丈夫だよ…倖知、大丈夫だよ…』
大丈夫……彩は何度も何度も私にそう言ったんだ。
大丈夫……。
この彩の言葉に、私の心はどれだけ救われたことだろう。
私は彩の胸の中で、まるで子供のように大きな声で泣き続けた。
私は彩に支えられるようにリビングのソファーに腰掛けた。
『倖知に何度も電話したんだよ?でもいつまで経っても繋がらないし…。変だと思ったんだよ、だから近くまで来てみれば真吾クンが出てくるし…』
どうやら彩は、私に対して披露宴で感じた“なにか変だ”を心配して家まで来てくれたところに、コンビニへ行こうとした真吾に会った。
そこで真吾から、私が真吾に別れたいと言った事を聞いたんだって。
『なんで言わないの!!』
『だって…彩に心配かけちゃうと思って…』
『あんたね、バカじゃないの!?』
『どうせバカだもん…』
彩にはいつも怒られてる気がする…。
けど、いつも心配してくれて優しく怒る彩が私は大好きなんだ。
『倖知にかけられる迷惑や心配なら、私はいつでもいいの!!何も言われない心配の方がよっぽど私には迷惑なの!!分かった!?!?』
彩、お母さんみたいだ。
って事は…私は彩の子供??
私は、何があったのか…
幸せだった挙式の事、由樹が来た事、真吾と由樹の過去の事、私が両親に謝った事……
全部全部を彩に話した。
途中でまた泣けてきちゃってうまく話せなかったけど、
彩は最後まで頷きながら聞いてくれた。
話終わった私に彩は…
『そっか…。でも倖知は最後まで笑ってたよね。頑張ったね』
ニコッと笑って私の頭をポンポンッと軽く撫でてくれた。
これじゃ本当にお母さんに甘えてる子供だ…。
『真吾クンは私が連絡するまでどこかで時間潰してるって。どうする?』
『…まだ、会いたくない』
『そっか…。じゃあ、連絡してくるから、ちょっと待っててね』
彩が携帯片手に外へ出て行こうとしたから…
『帰っちゃやだ!!』
子供のようにすがりついた。
彩は少し驚いた顔をして振り向いて、またニコッて笑う。
『大丈夫、倖知といるよ♪ただ真吾クンも心配してるから、連絡するだけだよ。
…ここで電話してもいいんだけど、聞きたくないでしょ?
大丈夫、すぐ終わるからさ♪あ、私が真吾クンに電話するからってヤキモチやかないようにっ!!倖知の旦那なんか口説かないからさっ』
彩が外に電話しに行って、また部屋に1人きり。
狭い部屋の中、
まるで別空間に取り残されたような錯覚に陥る。
10分後くらいに彩は戻ってきた。
『私、今日泊まってくから~。真吾クンは今日は車で寝るってさ。自業自得だよね♪』
ペロッと舌を出して笑う彩につられて私まで笑っちゃった。
あ……
ここは私の部屋なんだ………。。。
『さて…、さっきの話だけど…』
彩は優しい口調で話を続ける。
『今、目の前に由樹って人いたら私はまちがいなくひっぱたいてるんだろうな(苦笑)
…でも、私は真吾クンと別れるってのは絶対反対!!』
『どうして??彩には…あの時の私の気持ちなんか分からないんだよ』
『確かに私には、
今の倖知の苦しくて悲しい気持ちは全部分からないよ。
けどね、父親がいない子供の気持ちなら分かるよ。
私がどうしてこう言うのか、倖知が1番分かってくれるって思ってるんだけど??』
うん…、分かってるよ………。
だって、彩には父親がいない。
あれは7年前―――