薬指~未来への誓い~

―――お父さん、お母さんへ。

本当はね、この手紙をここで読むつもりだったんだ。

でも、これって私がまだ入籍する前に書いたものなんだよ~。

きれ~いな言葉いっぱい並べて、書いたんだよ?笑

だから、この手紙は読みません。



今の私の気持ちを言います。


私は、けっして素直じゃないし、手のかからない娘じゃなかったよね。


それでも、いっぱいの愛情をもらって育てられてきた事を今、実感してます。


今度は、私にお父さんとお母さんがくれた愛情を、私がお腹にいる子供に伝えていけたらいいな。


…お父さん。バージョンロード緊張したね~。緊張なんかしてないって言ったりする強がりな性格、私受け継いじゃったよ!!お腹の子のおじぃちゃんになるんだから、晩酌は控えめにして元気でいてね♪

…お母さん。私のワガママはお母さん譲りなんだからね~。おばあちゃんになっても、おばあちゃんなんて呼ばせないもん!とかワガママ言わないように!!お母さんみたいに料理上手になりたいから、これからも色々教えてね♪♪



私、お父さんとお母さんの娘で良かった。
だって、今すごいすごい幸せだもん。


真吾クンと、お父さんとお母さんみたいに笑顔の耐えない家族を作っていきます。


でも、私はずっとずーっとお父さんとお母さんの娘だからね♪♪



うまくも言えてないし、手紙も実際に書いてある文章違うけど

いつも何でも唐突な倖知らしいと言って笑ってください。



いつも恥ずかしくって面と向かって言えないけど…


ありがとう。





大好きなお父さんとお母さんへ。



娘、倖知より――
伝え終わった時、真吾が私にハンカチを手渡してくれた。


ハンカチ…??


『…――ッ!!!』


私は涙を流していた。



気が付かなかった。
無意識に私の瞳からは涙が流れていたんだ。




この涙の持つ意味は……???


―――考えたくない!!!!


だって、お父さんとお母さんへの感謝の気持ちは嘘偽りなど何もないんだもん!!




私と真吾は両親の目の前へ更に歩み寄り、お母さんへ花束を渡した。


『倖知、ありがとう』

お母さんもいっぱい泣いてた。

泣かないで…お母さん。
こんな娘の為になんて泣かないで……。




お父さんの胸ポケットへ花をさした。

『幸せになれ』


お父さんは涙をこらえてるのか、少し震えた事で言ってくれた。



『……ごめんなさい』

一歩下がる時、私は下を向いて小さく小さく呟いた。
音響と拍手にかき消され私の声はお父さんとお母さんの耳には届かなかった。




私、謝っちゃった。


ありがとうって…
ありがとうって何度も何度も言いたかったのに…




私…謝ることしか出来なかった。



私たちの披露宴は終演した。

そして、私の心の幕もおりていた。



事前に友人から、2次会の開催を誘われたが、私の体調を考え開催をしないと決めていた。


迷ったあげく、やらないって決めたことに、この時ほど安堵したことはない…。





控え室で私は純白のウェディングドレスを脱いだ。


脱いだ瞬間、激しい嘔吐に襲われた。




怒ってるの?

泣いてるの?

ごめんね…

こんな弱いお母さんで

ごめんね……。




止まらない嘔吐に、ただ謝り続ける事しか出来なかった……。



それでも…あなたを守るから。





私の全てであなたを守るから―――





嘔吐を続ける中、真吾が走ってきた。


『大丈夫かっ!?』

『…ッ、ここ、女子トイレなんだけど!?』

『あっ……!!!ご、ごめんなさいぃ!!!』



クスッと笑っちゃった。
確かに、真吾はいつも私を心配してくれて、笑顔をくれる。


けど…、もうそれだけじゃ、一緒にいられないよ……。



『倖知!?倖知!?背中擦ろうか?…あっ、でもオレ入れないや~。倖知大丈夫かぁ!?!?』

トイレの入り口から真吾は大声で言ってくれるんだけど…


『恥ずかしいから止めて…ゝ』





あっ…お母さんの声がする…。

『倖知?大丈夫?』

『お母さん…』

『ドレスでお腹絞めちゃってた?』

…違うんよ、お母さん。ドレスはちゃんとマタニティー用ので、お腹に負担はなかったもん。


きっと…私の弱さにお腹の中で怒って泣いてるんだ―――


『もう止まったから、大丈夫』




お母さん?
私は真吾と別れたい。

なんて言ったら、怒るかな?呆れるかな?
それとも…泣かしちゃうかな?


けど…今の私には真吾との未来が見えないんだ………





『倖知も疲れてるだろうし、今日は家にくる?どぉ、真吾くん?』

私の体調も落ち着き、式場の方に挨拶も済ませ、帰宅をしようとしていた時、お母さんが誘ってくれた。



『じゃあ…行こうか?』

『私、行かない。お母さん、大丈夫だよ。自分んちに帰って少し寝るわ』



行かない…じゃなくて、行けない。



私は、真吾と話をしなくちゃいけない事があるから…。




『そう?』

『うん。また今度ゆっくり遊びに行くね』


お母さんは少し残念そうに納得して、別々の帰路につく。




自宅へと向かう車の中で沈黙に耐えれず話し始めたのは真吾の方。



『由樹との事だけどさ……』

『黙ってて。今は聞きたくない』


言い訳?


『…さっき、倖知に言われた事だけどさ…、本気で言ってるの?』

『…別れるって事?あんな時に冗談で言うと思う?本気に決まってるでしょ』


真吾が私の方を向いて真剣な顔をしてる事くらい見なくても分かる。



それに…由樹が言った真吾の子供だったという妊娠を、真吾は俺の子供じゃなかったんだと言った事。



好きだから…でもないし、同情から…でもなく、
多分、真吾は嘘をついてない。




けどね、例え真吾の子供じゃなかったとしても…
私が別れる決意をしたのは、そんな事が問題なんかじゃないんだよ。


『オレはっ…!!!』

『信号、青だよ』



顔色ひとつ変えず淡々と話す私に、
真吾はため息をひとつついてそれ以上何も話かけてくる事はなく車を走らせた。

まだ引っ越してきた時の段ボールが積まれている静まり返った狭い部屋に帰って来た私たちに待っていたのは



これから積み重ねてゆくと信じてやまなかった幸せな時間ではなく…




挙式後なんて思えもしない、冷えきり殺伐とした時間だった。




『暑いね…』

真吾が冷房を付けると、ブィィン…とエアコンの起動した音だけが部屋に響く。




私は無言のまま真吾と選んだ白いソファーに腰かけた。




何から話せばいいのか……

どう話せばいいのか……

ずっと考えながら。


沈黙に耐えきれなくなったのは今度は私の方。





『ねぇ、真吾?私の事好き?』

『好きに決まってんだろ!!』


真吾はソファーに座る私の前に膝立ちし、私と目線の位置をあわせて真剣な力強い瞳で私を見つめる。



あ……
いつもの瞳…。



けど…いつもと私の心は違う…。




この瞳を前にしても心は揺るがない。





『じゃあ…私と別れて?私の事を想ってくれてるなら、私と別れて?』




真吾の瞳からもう逃げない。



真吾の瞳を真っ直ぐ見つめ、意思を伝える。



私の決別の意思は、迷いも戸惑いもなかった。