『泣かないでよ?』
だって、お父さん黙っちゃったんだもん。
私まで泣いちゃうよ?
『泣かんっ』
ほら、また強がり。
扉を開けてくれるスタッフの方が、こんな父娘のやりとりを見て
クスッと笑ったのが見えて、私まで笑っちゃった。
そして…扉は開かれた。
深紅のカーペットがひかれた先には真吾が待っていて
お父さんの鼓動が、組んだ腕から伝わってきそうなくらい寄り添い一歩一歩、ゆっくりゆっくり、歩み寄る。
真吾の目の前に立ち、お父さんの腕を離した瞬間、涙ぐんだの気付かれちゃったかな?
お父さんと真吾は一礼を交わし、私は真吾の腕に手をかけた。
神の前に立ち、二人で誓う二人の未来。
薬指にはめたリングの刻印は…
『eternal love』
永遠の愛。
永遠の愛を誓うリングを伴えて
真吾は優しく私のベールを上げ、微笑んだ。
薬指にはまったキラキラ光るリングのように
私たちは光に包まれ輝きながらキスをした。
──…真吾?
今でもね、私胸を張って言えるんだよ。
あの日のリングに誓ったあなたとの永遠は私の心の全てだったよ。
あなたとの永遠を信じて、心の全てで誓ったんだ…。
永遠にあなたを愛し続けると…――
ねぇ、真吾?
挙式で誓った私たちの想いが…
こんなに早く崩れてゆくなんて、あなたは想像していたのかな?
私は今でも信じられないよ…。
神の前で永遠の愛を誓った私たちは…
私が妊娠中という事もあり、長時間は負担がかかると判断して決めた簡略化したプランの披露宴へ。
『緊張しちゃうよぉ~』
『そうか?俺はさっき人前でキスした方が緊張したけどな~』
『確かに…(笑)』
披露宴会場の扉が開かれ、入場しようとした瞬間…
私の目に映ったのは…
披露宴会場の席に座り、今まさに入場してきた私たちに真顔のまま拍手をしている
由樹の姿だった……。
どうして……
挙式のチャペルには由樹の姿は確かになかった。
それどころか…挙式前に顔を合わし帰宅を促した時に背を向け去っていった。
じゃあ、なぜ今ここに…?
『由樹さ…んがいる…』
ポツリと呟いた私の小声を真吾は聞き取り、真吾の笑顔も一瞬曇りをみせた。
驚きつつも、みんながいる以上足を止めるワケにもいかず、何もなかったかのように雛壇まで歩み、一礼した時に
『大丈夫だから…気にするな…』
真吾が私に呟き、私たちは顔を上げた。
でも…私の視界には、まるでそこにスボットライトが照らされてるかのように由樹の姿が映り続ける。
心の中で繰り返した
どうして…どうして…どうして!!!!
動揺する心を隠す為に笑顔を作り続け、絶やせない。
それでも披露宴は進行してゆき、私たちはキャンドルサービスで各テーブルを周り出した。
もちろん、仲良しの友人のいる席を巡った時には祝福の言葉が嬉しくて嬉しくて…。
けど、私の心の片隅に由樹がなぜここにいるのか…という事が消えず、心からの笑顔が出来ない。
私の幼なじみの彩(あや)は私の異変に気付いているっぽくて
『どうした?』
と、声をかけてきた。
『彩♪ん??なんもないよ。大丈夫♪』
そう…大丈夫。
彩に言ってるのに、本当は自分に言い聞かせてるんだ。
『倖知、おめでとう♪』
『ありがと、彩♪』
彩とは、家が近所で親同士が仲が良かったという事もあって、幼稚園の頃からずっと一緒にいたね。
お互いの初恋も知ってるし、失恋も知ってるもん。
いつも一緒に笑ったし、いつも一緒に泣いたね。
彩の存在が心強かったんだなんて面と向かってなんか恥ずかしくて言えないけど、きっと言葉にしなくても分かってるよね。
私も彩の心に少しは力添え出来てたらいいな。
まだ私が真吾と付き合い出した頃、由樹から復縁を求められてる真吾を信じられずにケンカになった時、私の愚痴から不安まで一番に相談したのも彩だった。
『倖知が真吾くんを本当に信じられないなら別れればいいんじゃないの?信じれもしない人と一緒の時間過ごしたって無意味なだけだよ』
彩の言う事はいつも正しい。
『でも…』
『私は、倖知が泣くのは絶対に見たくないしね』
『じゃあ、彩はどう思う…?やっぱり、別れた方がいい?』
『じゃあ、別れたら?』
『…でも』
『ほら!私が決める事でもないし、倖知の心は倖知にしか決めれないんだから!でも…って言うくらい好きなら、私のとこに来るヒマなんて作ってないでケンカでもなんでもいいから真吾くんに今の倖知をぶつけてきなさい!!』
『そう…だよね』
『骨は拾ってあげるから安心して行ってこい!!』
『うん!!』
いつも背中を押してくれたのも、全てを包んでくれたのも、私の妊娠&結婚を誰より喜んでくれたのも彩。
『真吾と幸せになるからね!』
『私が真吾くんにヤキモチやいちゃうぐらい幸せになりなよ~!!』
って、笑って約束をした。
だからこそこんな時にまで彩に心配かけれないよ。
そして…私たちは真吾の友人席へ。
そこには毅の隣に悠然と由樹が座っていた。
私たちはキャンドルを伸ばす。
『おめでと~ございまぁ~す』
先に言葉を発したのは由樹の方。
笑顔なわけでもなく、感情がこもった言葉だったわけでもない。
由樹の瞳は真っ直ぐ私と真吾を見つめていた。
相手にしない。
そう、私はこんな由樹に対してムキになるほど落ちぶれるつもりはない。
目の前にいた由樹のその姿を見て、
所詮負け犬の遠吠えなんだとさっきまでの苛立ちや不安は消え失せ、呆れ果てた。
『呆(あわ)れだね』
私はポツリと一言そう呟き、その席を離れた。
その時はまだ由樹がなぜここにいたのかなんて知らなかった…というより、もう知りたいとも思わなかった。
だってそうでしょう。
ただ私は…両親や友人や彩に見守られて、真吾と共に生きてゆくの。
由樹なんて関係ない!!
もう一度、前を向いて明るい未来へと歩いてゆける…
この時は
まだそう信じれていたんだ。
ねぇ、真吾?
こんな私でも、あなたと歩む未来を夢見ていたんだよ。
覚めない夢って見れないのかな…──
私たちの披露宴は終盤に入り、私の体調も良くて終演まで笑顔で過ごせると思っていた矢先のことだった。
私と真吾は一度会場から出て、両親へ渡す手紙と花束を用意していた。
その途中、真吾はトイレに行き私が1人待っていたところへ…
『ねぇ、倖知さん…だっけ?』
由樹がきた。
『なにか用?』
『妊娠してるんだよね、真吾の子供』
『だからなに?関係ないでしょ?』
相手にしない。そう決めたんだもん。
怯むことなんてなにもない。
強気で受け答えをしていたら…
『私と一緒だね』
『はっ??』
私に対して初めて見せた満面の笑みで話す由樹の言葉に一瞬にして私は凍りついた…。
『あれ?真吾から聞いてないの?私ね、真吾と別れてすぐに妊娠してるって分かったんだ~。だから真吾に連絡取ってたんだよ?』
『……ウソ』
ウソに決まってる。そうだよね…?真吾…。
今すぐにウソだと言って。
今すぐにこれは悪い冗談だと、いつものように笑って抱きしめて…。
じゃなきゃ…
私は…
私は―――
『ウソだと思うなら直接真吾に聞いてみればぁ?けど真吾は相当倖知さんにぞっこんだったから諦めて“おろした”んだよ、私』
なにも言えなかった。
頭の中はもうなにも考えられなかった…。
それでも由樹は追い討ちをかけるように言葉を続けた。
『せいぜいお幸せになってね……なれるものなら』
“なれるものなら…”
そう言った由樹は、私の全てを見透かしているかのような冷たい目をしていた。
『ご希望通り、私は帰るね』
再び笑顔で言った由樹のその言葉は、私の顔のすく横を通り過ぎた。
ハッと我にかえり振り向くと…
私の背後に真吾が驚いた表情のまま立ち尽くしていた。