月曜は朝からそわそわ。。
『服…どうしよう』
いつもスポーツウェアだし…
汗かいて化粧だってボロボロだし…。
少しオシャレして、待ち合わせ場所に行くと智哉はもう着いていた。
初めの頃から私は智哉を待たしてばかりだ~。
ドキッ!!
スポーツウェア姿じゃない智哉は、少し大人びて見えて、緊張しちゃった。
『どぉも…』
『ちゃんと来た(笑)』
『当たり前でしょ~!!』
『おし、行くか♪』
『うん☆』
映画なんてスッゴく久しぶりだから楽しみで、ルンルン気分で智哉と歩いていたんだ。
『あ……』
『あ……』
2人して口をポカンと開けちゃった…。
観るはずだった映画が…始まったばかりで、次の上演は3時間後。。
『他の、観る??』
『でも、智哉くんはコレが観たかったんでしょ?』
『でも…3時間後だよ??』
『私は…別にいいけど。。』
『じゃあ、時間潰しますか??』
『うん!!』
まずは、映画館に隣接されたコーヒーショップに入って、時間潰し。
何気ない話から、何気なくない話になったのは、超ネコ舌な私がやっとコーヒーを飲めるようになった頃だった。
『あのさ、俺と付き合わない?』
『ブッッ!!!!!!』
コーヒー吹き出しちゃったよ!!!!!!
『はぁっ!?!?!?』
私の聞き間違いですか???
『コーヒー吹くなよなぁ~。だから、俺と付き合わない?って聞いてんだけどさっ♪』
さっ♪じゃないよ…。アカン…頭痛がしてきた。
こめかみを押さえながら
冷静に…冷静に…
『あのですね~、私が結婚してるって言いませんでしたっけ??』
『知ってるよ、そんな事』
サラッと言わないでください(泣)
『私がハイとでも言うと思いました??』
『思ってないです』
『もしかして、からかってます?私の事』
『俺的には、至って真面目なんですけど』
なぜか敬語の会話(笑)
『じゃあ、答えは分かるよねぇ??NOです』
『どうしてもダメ??』
『駄々をこねる子供にならないでよ、何考えてんの!?』
『俺、何も考えないで言ってるわけじゃないんだけど…』
こんなやりとり、真っ昼間にコーヒー飲みながらする会話じゃないよね。。
とりあえず、智哉を落ち着かせて…
と言うより、落ち着かなくちゃいけなかったのはきっと私の方なんだけど…。
智哉からの白昼夢のような告白は、一先ずそこで終わりに出来た。
私たちはまだ時間があったからCDショップに行ったり、ウィンドウショッピングしたり、2人で何気なく時間を潰した。
そんな中、本当に落ち着かないのは私の方…。
一緒に歩いてても変に緊張するし、やっと映画の上演が始まって観てても、映画の内容なんてサッパリ頭の中に入らないし…。
自分で自分自身になんでこんなにテンパっちゃってるのか呆れちゃうくらい。
でも!!!私は悪くないんだからね!!!!
変な事を言い出した智哉が悪いんだから!!!!!!!
『ハァ……』
映画館を後にしても出るのはため息ばかり。
そりゃあ、あんな事言われたら誰だってため息くらいつくさっ。
『なんかあった??』
ため息の原因を作った当人はこんな調子だし…。
『なんでもない。あぁ~もう!!お腹すいた!!!』
『ちょっと早いけど、飯行く??』
ヤケクソになってた私に笑いながらゴハン誘ってくれたけど……
私は行けない。
だって、独身じゃないもん。
今日の事は真吾には『友達と映画行ってくる』とだけ伝えてきた。
真吾は『楽しんでこいよ』って優しく言って出勤をした。
夜になれば真吾はお腹を減らして帰ってくるし…、私は家に帰らなきゃ。
『ゴメン、せっかくだけど、今日はもう帰るわ。家事しなきゃいかんしね~』
精一杯の笑顔で言ったけど心中は複雑だ。
それは、智哉といたいからじゃなく、また“あの場所”に帰らねばならない事。
智哉と出かけた今日は私にとっては現実逃避のような感じで、帰ればまた現実に引き戻される。
『そっか。じゃあ、駅まで送る』
『ありがと』
駅までの道、智哉は色々話しかけてくれたのに私は素っ気ない返事しか出来なかった。
駅に着いて切符を買ったから、改札口でバイバイしようと思ってたのに…
『あのさ…』
『なに??』
不意に智哉が話しかけてきた。
『しつこいかもしれないけど…、俺マジなんだけど!』
『…気持ちは嬉しいけど、だからぁ~私は結婚して……』
私は結婚してるんだってば!!って言おうと思ったのに…
『俺が笑わせてやる!!』
『えっ!?!?』
『倖知、言ってただろ??何も考えたくない時や笑うのがツラい時は走るんだって。俺には倖知に何があったかなんて知らないけど、そんな想いで怖い顔して走るくらいなら、俺が側にいるから。1人で走らせないから!!』
何も言えなかった……
何も…………。
『あ!!泣かないで!!勝手な事言って困らせてゴメン!!!本当にごめんなさい!!頼むから~、泣かないで~』
無意識に落ちる涙を流す私の泣き顔に、智哉は焦っていたけど
『違う…、違うの』
そう、違うんだよ。
迷惑で、悲しくて、泣けたんじゃないもん。
“走らせない”
この言葉が、嬉しかったの…。
真吾に対して「たすけて!!!」と、気が狂う程泣けたら…
由樹に対して、「あんたさえいなければ!!!」と、気が狂う程怒れたら…
消えた小さな命に「逝かないで!!!」と、気が狂う程叫べたら…
なんて良いのだろうと思う。
けど、現実にはそんな事出来やしない。
何を言っても、過ぎ去った時は戻らないという事を嫌と言うほど思い知らされた。
気が狂う程泣いたら、今が過去に負けちゃいそうだから…
気が狂うほど叫んだら、顔を上げる事すら出来なくなっちゃいそうだから…
暗闇の中でうずくまっている心を奮い起こしたくて、涙のかわりに汗を流していた。
でも、走っても走っても光は見えなくて、くじけそうになる。
だからまた走る…。
いつの間にか暗闇の中で走り続けていた…。
ゴールテープなど
どこにあるかも分からないのに…。
これこそが永遠なのだと錯覚してしまうような負のループ。
それでも…、
もし、智哉が私をループから解き放してくれるのなら…………
『お願い…します』
『えっ!?じゃあ、いいの!?!?』
驚いたように目をまん丸にして、声が大きすぎ~!!
無駄にテンション高いし!!
『でもさ私は旦那サンと別れないし、私の事を公に彼女だなんて言えないでしょ??いいの???』
コソコソするのも嫌だけど、大声でみんなに言える関係じゃないよね。
『いいの。倖知の家庭を壊すつもりないから。倖知が都合いいときに俺を都合よく使って♪邪魔になったら…言ってくれても……いいしぃ~』
だんだん小声になってるんですけど??
『物好きだね(笑)』
『うっさい!!』
『あのさ、も1つ気になったんですけど。さっきから私の事呼び捨てにしてません??』
『やっぱり、気づいた??』
そりゃあ気付くでしょ~が!!
でも、チャン付けで呼ばれるようなキャラじゃないからな、私。。
『さて、本当にもうそろそろ帰るね、智哉♪』
『ぉ…おう』
なに赤面してんのよ??
最初に呼び捨てにしたのは智哉の方じゃんか!!
私は改札口を通った所で最後に大きく手を振って帰った。
……こうして、私は智哉と付き合うようになった。
もちろん、この関係が良いことだとは思わない。
私を見つめてくれている真吾に対して罪悪感がないわけじゃない。
自分を正当化するわけでもない。
けど、智哉の優しさに縋らずにはいられなかった…。
私の暗闇の理由を何も聞かなかった智哉…
何も知らない智哉…
智哉と一緒にいても、余計なことなど何も考えなくて済む。
私にとっては、現実逃避だ。
ただ、泣ける場所が欲しかった…。
ただ、温もりが欲しかった…。
誰かの温もりの中に縋りつきたかった…。
暗闇に光は見えなくても、温かな風が吹いていてほしい…。
この考えはきっと、私が許せない“あの時”の由樹と同じなのだろう。
自己中で、人の気持ちを利用してるだけ…なのに。
縋りつきたかった…。
それでも、温かさに縋りつきたかった……。
――…これが私の
弱い心。
――…これが私の
醜い心。
そして…
これが私の
精一杯生きていく為の心。
帰りの電車に揺られているときにメールが届いた。
『真吾…』
メールの送信者は真吾。
[映画楽しんできた~??今日、早く帰れそうだから外食いかない?もしかして、もう作ったかな?]
外食…。
真吾と2人きりの外食なんて久しぶりだ…。
本当は、行きたくない。
だって、何を話せばいいのか分からなくて、2人の空間が気まずい。
家にいればテレビは付いてるし、テレビを観てるから無言…っていうのも不自然じゃないでしょう??
付き合ってる時には…どこに食べに行っても楽しくって私がずっと上機嫌に喋り続けてて、
真吾に『喋ってないではよ食べる為に口を動かせよな~!!』って呆れられちゃってたくらいのに…。
でも、そんな時は決まって個室の居酒屋とかで、呆れた真吾が『ほらっ』ってアーンして食べさせてくれるのが幸せで、わざとずっと喋り続けてたんだよ。
今は、そんな幸せだった時の面影すらない現実。
『楽しかった…な』
ポツリと呟いた。
胸がグッと苦しくなって、唇を噛み締めた…。
[いま帰り道。ゴハン、行く。]
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