薬指~未来への誓い~

『あ、そう』


素っ気ない返事。
今となっては、なんとでも言える。
私は言葉を続けた。


『道連れにしに来たんじゃないの??自分が真吾の子供産めなかったから。私の流産は、あなたにとって本望でしょう?』


『そんな事ない!!』


酷く醜い事を無表情のまま、感情すら分からない棒読みで話している私とは正反対に、由樹は涙を流した。


由樹の涙を見ても、私の心にはなんの感情も生まれない。



私の心は、暗闇の中で迷子だ。


光の射す出口を探していた。
見つけたと思っていた。
なのに、走っても走っても出口は離れて行って私の手は届かなくって…


いつの間にか出口すら見失い、暗闇の中漂うだけになっちゃった…。




『私は…』

由樹が話し始めた所で重なるように毅が話し始めた。


『俺、由樹と付き合う事にしたんだ。だから、あの日一緒に謝りに来た。本当に、本当に謝りたかったんだ!!』


『自分が幸せになったから、人の事なんて何も考えない。謝りたかった??私に謝り、自己満足の世界へと浸りたかった??』


私はヘリクツだ…。
よくもスラスラとこんな言葉が言えるものだと、自分で自分に驚いてしまう。

『他に言う事は…??』

何を言われても、きっと私はヘリクツで返すくせに…。



『黙ってるなら、帰って。目障りなんだけど!!』


目障りなのは本当。

毅や由樹がいても、
私の心はなにも変わらないし…

由樹を一生懸命かばう毅を見て、

腹が立ちはじめた。


苛立ちや、憎しみと同じくらい


──羨ましくて…。



私が真吾への失った想いを目の当たりにされてるようで


──虚しくて…。



『私っ!!どうしたらいい??倖知さんにどうしたら償えますか!?』

顔を上げた由樹は涙を流しながら私に必死に訴えかけた。



『じゃあ……私の子供の代わりに、死んで??』

『―――ッ!!!』

『帰ってっ!!!!もう帰って!!!!!』




これ以上話していたら、私は今以上におかしくなってしまう。
乱れた醜い心だけが、這い上がってきてしまう。


これ以上、私が醜くなる前に帰って!!!



私は勢いよく玄関を開け、帰宅を促した。


毅と由樹は、黙っていた真吾に一礼をして帰って行った。



バンッ!!!



由樹が置いていった花束をゴミ箱に叩きつけ…



散り落ちたのは
花びらと………

私の涙。
その数日後、彩に電話して、流産した事を伝えた。


『なにがあったの?』と聞いてきた彩に、強がって精一杯の元気な声で『なにもないよ』って言ったのに


一発で嘘だってバレちゃった…。



親にも話せなかった経緯を話すと、彩は『由樹の所に行く!!』と怒っていたけど、それは止めた。




しぶしぶ納得してくれた彩は、


『私は倖知の前から消えたりしないよ』

なんて、優しい声で言うから
また泣き虫になっちゃったよ…。




私の薬指から外されたリングは、真吾が自分のリングと共にボールチェーンに通し、ずっと身に着けていた。











──…真吾??

あなたはどうして私のそばにいたの?

あなたも逃げ出したい時はあったでしょう?


それからの私は、
あなたを裏切り続けていたじゃない………。


“温もり”が欲しかった…




ただ、温もりが欲しかったの…




たとえ


それが




偽りの温もりだったとしても―――




『遅くなってゴメ~ン!!』


3日前に買ったモノトーンのお気に入りのワンピース。

急いで来たんだけど、女の子は支度に時間がかかるのよ!!



『倖知遅いっ!!』

待ちくたびれたように少し頬を膨らまされた。

『智哉が早すぎなんだよ~!!』

『寒い~!!』


12月。もう風は冷たい中、ホットの缶コーヒーを飲み干して、ニコッと笑ってくれたのは智哉(トモヤ)。


私と同い年のクセにちょっと偉そうな生意気な所が余計だけど、キレイな黒髪と深いブラウンの瞳が私のお気に入り。

そんな智哉は…私の彼氏。



私が流産に至った時から、月日は2年半が経とうとしていた。



真吾とは別れたわけじゃない。

智哉とは、いわゆる“不倫”の関係。



流産をして以降、簡単に笑えたわけじゃない。

いっその事、暗闇の中で息絶えれたら…と、自虐的な事まで考えるようになっていて…。


真吾は献身的に私に尽くしてくれていたのに
それでもやっぱりツラくて、苦しくて、どこにも行き着くことの出来ない想いを殺す事が精一杯でいつの間にか“笑顔”を失っていた。




そんな中、出会ったのが智哉だったんだ。


私が、流産してから6ヶ月後から、少しでも気分転換になれば…と始めたスポーツジム通い。


昔から運動は好きだし、汗を流して走っているときは全てを忘れて走り込める時間。



自分の中の暗雲が汗と一緒に消えてく気がして、夢中で通った。




私が1時間のランをして息をきらし汗だくでマシーンから降りたら、私の横で走っていた人が息をきらしながら降りてきて話しかけられた。


『ハァッ…ハァッ…あんた、すごいね』

『……!?』


“なんだコイツ…”

これが智哉の第一印象。。




『怖ぁ~い顔して黙々とよくも1時間も走れるね』

『悪い…??』

『いや、全然悪くないけど、疲れたぁ~』

『はっ!?』

『男の俺が、隣で走ってる女の子より先にバテて下りた
…なんて、カッコ悪いじゃん??』


ハニカミながらそう言う智哉が可笑しくて、私がクスッと笑ったら…


『笑えるんじゃん。怖い顔して走ってる時より、こっちの方が可愛いよ??』


なんて、サラッと言うから照れちゃったよ…。。。
それからの私たちは


智哉は大学3年生で講義がない日は昼間ジムに来ていたから会う回数が多かった。


ジムで会う度に話をするようになって、

それから、ジム帰りにたまに一緒にお茶するようになって、

いつの間にかメルアドを交換して…。



もちろん、私が既婚者だという事は智哉にも伝えてあったのに……。

ある日、いつものように私は黙々とバイクを漕ぎ終わり、汗を拭きながら休憩室に行こうとしてたら後ろから肩を叩かれた。


『!!!ビックリした~!!』

『ゴメンゴメン~』

智哉だった。


私たちは休憩室で一緒に話ていた時、


『倖知ちゃんは走ってる時、怖い顔してて別人みたいだよ。さっきだって話かけたのに無視しただろ~??』

『話かけられてない~!!』

『ほら、気づいてない…』


本当に気付かなかった。
汗を流してる時は、何も考えたくなくて夢中なんだ。


家に帰れば、私が血を流した階段の所で胸が締め付けられる……

部屋に入れば、ガランとした空間がまるで自分の心だと錯覚してしまう……

真吾が仕事から帰れば、真吾に対してどう接したらいいか分からなくて苦しくなる……。。



毎日のそんな想いに心が押しつぶされそうで…

だから毎日走ってるんだ。



『ゴメンね??』

『謝んなくていいよ』

『ほら、走ってるとさ、自分の鼓動と切れてくる息を感じるだけで他は何も考えないじゃない?』



智哉になに話てんだ私。でもなんでだろ…、止まらない。


『余計な事考えたくない時に走ってるとスッキリするんだよね。ほら、笑うのがツラい時ってあるじゃん??走りながら笑ってたらかなり怪しいでしょう??だから、好きなんだ。走るの…』


智哉は黙って私の事を見つめて聞いていた。
智哉の瞳を見た時にやっと我にかえれて

『──って!!なに話してんだろね、ゴメン!!今のナシっ!!ナシねっ!!!』



慌てて弁解してたら、ニコッと笑って『そっか♪』とだけ言い、自販機の方に歩いて行っちゃった。


そりゃあ…いきなりこんな訳分かんない事をペラペラ話出したら、ひくよね~。
ハァ…、
自己嫌悪…。。



ガックリと肩を落としていたら…


『─!!冷たっ!!』

頬にペットボトルをつけられた。

『飲むっしょ??』

『あ…ありがとう』

去っていったと思ってた智哉は優しく微笑んでいた。


『あのさ、来週月曜ヒマ??』


私の話なんて何もなかったかのように智哉は話出した。


『月曜??』

『そう。俺、大学休みなんだよね。観に行きたい映画あるんだけどさ、行かない??』

『私…と??』

『他に誰に話かけてんだよ~、倖知ちゃんに話てるつもりなんだけど』


いきなりそんな事言うからビックリしちゃったんだよ~!!


『あ、旦那さんに悪いよな!迷惑だよね、ゴメン』

『そ、そんな事ない!!行くっ!!!』

『じゃあ、決まりな♪』




ジム以外の場所で智哉に会うなんて初めてだったけど、
気軽に友達と映画に行くって感じなだけだし…。いいよね??

智哉のような男友達は今の私には貴重な存在。




そんな風にしか、その時の私は考えてなかった。

だって、そうでしょう??

まさか、付き合うようになるなんて…
予想出来るわけないじゃない。。