全員がその時、ハッと気付いた。

いろんな事に夢中で忘れていた。


この部屋、同じ空間、同じパイプ椅子に”有田朋香”がいたという事を。



(今までの話を全部…?)



全員がそう思った時、下を向いて黙っていたその女性はゆっくりと立ち上がり、林先生から紙袋を受け取った。

中から取り出した黒くて長いウィッグを、帽子を被るように慣れた手付きで被り、”朋香”の栗毛色の髪を覆い尽くす。


クルっと皆の方へ振り返ると、黒くて長い髪もサラっと揺れた。


「…こんにちは、いつも『朋香』がお世話になっています。」


と口元だけの嘲みで『雫』はそう言った。


髪が違うからだけじゃない…。

この異様で例えようのない雰囲気を纏った女性は、見慣れているはずなのに、まるで別人だ。


「…いつから…気付かなかった…」


美穂が唖然とする。


「『朋香』が光弘の事故を目撃した時に、フラッシュバックを起こしたのよ。
そこから『朋香』はまたあっさりと逃げたわ。
その時から『朋香』の代わりをしてあげてたんだけど、ようやく『私』が喋ってもイイのね。
あぁ、人に隠さなくてイイって、解放的でステキ。
ねぇ、智也?」



そう言って雫は、椅子に座っている林先生の背後に立ち、首に手を回して抱きしめた。


光弘が、

「朋香、何やってんだよ!」

と叫んだが、雫はクスクス嘲いながら、


「光弘ったら、智也の話、聞いてた?
“先生”の言うコトはちゃぁんと聞かなきゃダメでしょ?」


と言う。

美穂も何か言いたげにしているのを見て、


「美穂、どうしたの?
あぁ、分かった、ヤキモチを妬いているのね?
いつもは私とベッタリだものね。
今日は私にkissしてこないの?
でもそうか、さっき、倫理的・世間的がどうとか言っていたものね。
女性同士でしているところを皆に見られちゃマズイかしら?」


挑発的に雫は嘲う。


「え、美穂…?」


真朝の声がしたが、美穂は下を向いたまま固まってしまって振り向けなかった。