俺と彼女のいつもの待ち合わせ場所。
それは昨日まで駅の改札前の時計台だった。
同じ駅から反対方向の大学に通う俺たちは、よくその場所で待ち合わせをした。
デートの時だって、大学の帰りだって…。
でも、今日は駅から彼女の家までをつなぐバスの中。
***
ブロロロ…。
バスが、アイドリングストップをやめて駅のバスターミナルから出発しようとエンジンをかける。
『…来ないのか?』
俺は、バスの後ろの入口から一番近い二人掛け椅子の近くのポールに掴まり、彼女を待っていた。
半分諦めていた時、
「すいません、乗ります。」
乗ってきた。
『里香、おせーよ。』
俺の彼女、里香が少し息を切らして
俺の近くの二人掛け椅子に座る。
俺も里香の隣に座る。
里香は何も言わず窓の外を見ている。
しょうがないか。
俺が勝手に待ち合わせ場所をバスの中にしたんだもんな。
「…浩幸を待っていたの。」
隣から里香の声がした。
口こそ動いていないが、里香が何を言っているのか俺には分かる。
そっか…。
時計台の下で俺を待ってたのか。
『ごめんな。』
「でも、分かってたよ。浩幸が時計台に来ない事」
『うん。そっか。待たして悪かった。』
「発車いたします。」
ピーという機械音の後に、ドアが閉まる。
「ねぇ…。もうすぐ付き合って3年だね。」
『そうだな。』
「最初、浩幸の事が気になるのになかなか話せなくっていつも遠くから浩幸を見つめる毎日だったなぁ」
『なんだよ、急に』
照れくさい話は苦手だけど、里香とこの手の話は
心に何かあったかいものが出てくる。
『俺だって女子って怖いもんだと思ってた。』
「浩幸は人気者だし、周りにはいつも友達がいてさ、もちろん女のも。」
『おい、それはお前も一緒。』
ふっと彼女に笑いかける。
相変わらずこっちを見ない。
バーカ。何のためにこのバス乗ったと思ってんだ。
バスが、時計台のそばを通過する。
「ここさ、いつの間にかいつもの場所になってたよね」
『俺らどっちもこの駅から大学までいってたもんな。反対方向だけど。』
もうすぐクリスマスという事もあって
時計と木々はイルミネーションで明るくチカチカしている。
デートの待ち合わせによく遅れる俺。
よく里香が「また遅刻-?」って笑っていたよな。
雪が降ったら年がいもなく手のひらサイズの雪だるま作って
俺を寒い中待っていた。
今日も、そこには雪だるまがあった。
いつもより少し大きめの。
「あれも昨日私が作ったんだよ。」
『やっぱりな。』
「昨日、待ち合わせ来なかったね。」
『……。』
だからいつもより大きい雪だるまが出来ちゃったのか。
俺がたくさん待たせたから。
それでも怒らずにいてくれる里香。
「あー、あそこのお店でチキン買って二人でクリスマスパーティやったねえ!」
里香の見つめる先にはファーストフードの店。
中には家族やらカップルやらで混んでいる。
そう。しつこいけどクリスマスが近いから。
そういえばずっとさっきから里香は思い出を
語っている。
何でだ……?
「付き合って最初のクリスマス後は浩幸のセンターとか一般受験だったよね。」
うわ…そうだったよな。
あれは辛かったぞ。
寝る間も惜しんで、テレビも、バイトも出来ずに勉強。
何より里香に会えなかったのがこたえたな。
クリスマスはさすがに会ったけど。
『お前とも全然会えなかったな。』
「まあ女子はAOとか推薦で受かっちゃう子が多かったし
私は他に遊んでくれる子いたからさみしくなんてなかったよーん」
んだよ、こいつ…。
「…でも浩幸…。」
『ん?』
「今は…さみしい。何で置いて行っちゃったの?」
ああ…そっか、今日は時計台でお前を待たずに先にバス乗ってたもんな。
『悪い悪い。』
「もしかしたら浩幸が来るかもって思って
今日もいつも通り、待ってたんだよ?」
『里香…?』
彼女の頭を撫でる。
けれど、こっちを見てくれない。怒ってる?
「昨日だって待ってたんだよ。なのに全然来なくって…」
やっぱり怒らないわけないか。
雪だるまが大きくなるまでたくさん寒い中待たせたんだもんな。
…―。
その頃どこに居たっけ?
「諦めて帰ろうとしたら電話が鳴ったから
浩幸かなって思ってたら、浩幸のお姉ちゃんからでさ…。」
記憶をたどる。
何で姉ちゃんが出てくんの?
俺はその頃…。
そうだ!確か時計台に向かってたはず。
あれ、でも何で里香と昨日会わなかったんだ?
おかしいぞ?
里香を見ると、声を出さずに泣いていた。
おいおい。
バスの中で泣くなって。
誰も気づいていないからいいけどさ。
彼女の視線の先にはカップル。
それもたくさん…。
家族だっていた。
「私もっ!浩幸と今年もあんな風にイルミで綺麗な街を歩きたかったよ…。」
あ…。
そうだった。
俺、昨日死んだんだった……。