刺突ならば『点』の動きだ。
斬撃のような『線』の動きと違い、被弾箇所も少なく済む。
「勝負!」
平助は、新撰組三番隊組長・斎藤 一もかくやという突進でシイに迫る!
即座に毛針で反撃するシイ。
「っ…!」
鋭い毛針が平助の肩に、腕に突き刺さる!
脳天まで突き抜けるような激痛。
呻き声さえ上げなかったのは、戦場に立つ者としての覚悟ゆえか。
それ以上に、毛針でさえも壬生狼の足を止める事はできない。
勢いを殺さぬまま、平助の愛刀はシイを捉える!
「藤堂!」
椿が到着したのは、その直後だった。
油小路に響き渡る炸裂音。
路地に飛び散る血飛沫。
「…へっ」
平助は笑う。
彼の放った平刺突。
その切っ先は、シイの体を貫く事なく彼の牙によって止められていた。
そしてその一撃と引き替えに、数本の毛針が平助の体を貫く。
「流石はケダモノ…剣を口に咥えて止めるかよ…」
崩れ落ちるように、平助がその場に倒れる。
「『藤堂さん』!」
椿は倒れた平助に駆け寄り、返り血に塗れるのも厭わず抱き起こす。
「お…おいおい…また…さん付けで呼んでるぜ…?」
「喋らないで!傷に障ります!」
平助の言葉にも耳を貸さず、椿は着物の袖を引き千切って包帯代わりにする。
特に出血の酷い箇所をきつく縛り、傷口を圧迫して止血する。
幸いにして急所は外れている。
毛針の直撃を受ける寸前で、平助自ら身を捻って急所を外したのだろう。
流石は元新撰組組長だ。
そう簡単には死なない。
平助の命に別状がない事がわかり、椿は心の底から安堵する。
何故敵方の平助の無事に安堵するのか。
敵でありながら共感を覚えていた?
或いは女として、彼に恋慕の情を抱いていた?
どちらも納得できそうでいて、違和感を覚える理由だ。
「今度は娘さんが俺の相手になるのかい?」
平助を労わる椿の姿を見ながら、シイがニヤリと笑う。
「止しときな。壬生狼でさえ歯が立たないんだぜ?そこらの人斬り如きに俺は殺せねぇよ。さっさと尻尾巻いて逃げな」
嘲笑うかのように言う凶悪な人外。
その人外の目の前で、椿はユラリと立ち上がる。
「…高遠…?」
その立ち姿が、平助には見知った男の姿に重なって見えた。
…椿はゆっくりと愛染虎壱を抜刀し。
「敵前逃亡は士道不覚悟…!」
刺突の構えを取った。
気質が変わる。
人それぞれ、『気配』というのは異なるものだ。
戦いの場に立つ者…剣客ならば尚更だ。
一人として同じ気配を持つ者はいない。
平助と椿、シイと平助、椿とシイ、皆それぞれ気質を持つ。
だが…。
平助が、シイが一瞬戸惑いを見せる。
この椿の気質は…なんだ?
僅かな動揺を読み取って。
「参る!」
鋭い踏み込みと共に椿が動いた!
得意の右片手一本刺突!
紫電の如き動きで、一気にシイの間合いへと侵略する!
しかし。
「けっ!」
僅かに狼狽はしていても、人ならざるもの。
シイは椿の刺突を余裕を持って回避し。
「小娘が!」
きっちりと置き土産の毛針まで見舞う!
「うっ!」
直撃こそしないものの、毛針は椿の肩を掠める!
鮮血で着物が汚れ、椿の端正な顔が苦痛に歪んだ。
「……」
何とか上体を起こし、平助は椿を見る。
気のせいか。
今目の前に立つのは、いつもと同じ椿だった。
気質も変わりはしない。
剣客としては一流であるものの、平助ら新撰組組長のような超一流には及ばない。
超一流から見れば、凡百と変わりない。
しかし何故だ…。
何故先程は気質が違って見えた…?
困惑する平助の前で、椿は傷を庇いつつ再び刺突の構えを取る。
最も得意とする右片手一本刺突。
これがシイに通用しないのならば、他の技など繰り出すにも値しない。
つまりこの技でごり押しする以外、椿に打つ手はなかった。
「性懲りもなく!」
シイは嘲笑する。
この小娘、藤堂 平助にも劣る。
あの藤堂 平助が自分には太刀打ちできなかったのだ。
当然椿が自分に敵う筈もない。
たっぷり嬲って殺してくれる。
そう考えて。
「!?」
突進してきた椿の動きに驚愕する。
速い!
そして先程よりも鋭い!
「このっ!」
みっともなく慌てて毛針を撃つシイ。
迎撃は何とか間に合い、椿は毛針を受けて転倒する。
危なかった。
シイの偽らざる本音だ。
二度目の右片手一本刺突は、一度目よりも明らかに精度を増していた。
そしてそれは、見ていた平助も同意見。
(放つ度に精度を増している?)
最初はそうも思ったが、どこか違う。
精度を増しているというよりは、同じ技を別の人間が繰り出しているような、そんな感覚。
…考えが纏まらない内に、椿は再び立ち上がって刺突の構え。
「たわけだな。何度打ってもその刺突は俺には通用しねぇよ」
そう呟くものの、シイは内心不安を抱いていた。
もしかしたら…三度目の刺突は、更に精度を増しているのではないか。
今にシイを凌駕させるような技を見せるのではないか。
そう考えていた彼の目の前で。
椿は初撃と変わらぬ鋭い踏み込みを見せた。
確かに踏み込みの音は一回。
踏み込みの足音は一度しか鳴らなかったのだ。
当然シイはその一度の刺突を回避する。
しかし!
「なにっ!?」
頬を掠める痛み。
それは明らかに刃が斬り付ける痛みだった。