宿屋の内装は実に凝っていた。壁には絶えず魔女の絵が飾られており気味の悪さは抜群である。また、中も結構古いためか、渚が床に足を着く度に床が軋んでいる。確かにこんな状態じゃ客が来ないのも当たり前だろう。
「ほんと汚いわね〜。少ししか歩いてないのにもう靴下が埃まみれになっちゃった」
 渚がはいている白かった靴下は既に真っ黒になっている。この宿は鈴の性格そのものが反映されている。渚はそう思いながら薄暗い廊下を奥へと進んでいった。
「えーと。たしか私の部屋は205号室よね」
 渚は鍵に刻まれている番号を確認した。それにははっきりと205と印されている。
「あ!205号室。多分この部屋ね」
 渚は廊下の一番奥にある部屋の前に立った。薄汚れた扉はやはり掃除されていないのか埃だらけだ。
 渚は扉をゆっくりと開いた。しかし、部屋の中は廊下の様子とは打って変わって綺麗に掃除されていた。シックな壁紙に合う家具が部屋に設置されている。渚はこの部屋を見て飛び上がるように喜んだ。
「綺麗なへやー。しかも中々オシャレだし。この部屋なら私大満足だし」
 渚は背負っていた大量の荷物をその場に下ろすと、部屋の隅にあるベッドに飛び込んだ。ふかふかの感触が渚の疲れた体を優しく包みこむ。
「あ〜。もう疲れた」
 渚は枕に顔を埋めた。そして、しばらくすると仰向けになり埃を被っている天井を見上げた。静かすぎる空間に渚は自然とため息がこぼれる。
「今日からここで暮らすんだ私。でも大丈夫かな?鈴さんと同じ屋根の下で暮らすなんて命がいくつあっても足りないよ」
 渚は傍にある枕を羽交い締めにするとベッドの上でゴロゴロと転がり始めた。この様子だと部屋を整理することなど渚の頭からすっかり消え去っているようだ。
「高峰町か…………。今度は上手くやれるかな私。前の町じゃいつも届け先の人と喧嘩ばっかりしちゃったからなぁ」
 渚は転がるのをやめると、枕をギュウッと強く抱きしめた。額からは大粒の汗がシーツに垂れている。
「だって…………だってあいつらが悪いのよ。私が魔女だからってケチつけたり酷いこと言ってくるんだから。私は絶対に悪くない」
 渚は何かを振り払うように目を閉じた。瞳からうっすらと涙が滲んでいる。
 やがて渚は今までの疲れがどっと溜まったのか、そのまま眠りに落ちてしまったのだった。