「ちょっとアンタ。年長者がタバコを口に加えているってのにその態度は何?普通火を着けるのが常識ってもんでしょ?」
「はっ……はい」
 気の強い渚は理不尽な彼女の言い分に反論しようとしたが、つなぎ女の迫力に抑えこまれ渋々彼女の言う通りにしたのだった。
 つなぎ女は満足したのか、再びソファーに座り直すと天井に煙りを吐き出した。そして、タバコを吸い終わると渚を魔女特有の深紅の瞳でギロリと睨みつけたのだ。
「紹介が遅れたね。私は笹河 鈴(ささがわ れい)この宿屋のオーナーだ。ほかにも何人か従業員がいるんだが、あいにく今は外に出ててな。紹介ならそのうちしてやるから安心しろ」
 鈴はそう言うと渚に部屋の鍵を渡した。
「あのぉ、鈴さん。一つ質問したいことがあるんですが、いいでしょうか?」
「質問?まあーいいけど一つだけだよ」
 鈴は見るからに面倒くさそうな表情をしている。しかし、渚はそんな鈴にお構いなしに質問をぶつけた。
「なんでこの宿の名前を魔女の宿屋にしたんですか?こんな名前だったら客なんて滅多に来ないんじゃないんですか?」
 渚の質問に鈴は明らかに纏っている空気を一変させた。ソファーをガタガタと揺らすとまるで鬼のような形相でこちらを睨んでいるのだ。
「アンタ………それを私に聞く?」
 鈴の声色はもはや女性が放つものではなかった。渚は自分の命が危ないと思ったのか、すぐさま鈴に頭を下げた。
「すいません!やっぱり質問はなかったことに」
 渚はヒクヒクと顔を硬直させている。表情は苦笑いのまま変わろうとしない。
 そんな渚を見て鈴は気を治めたのか、鬼のようだった顔は普段の眠たそうな顔に戻ってしまった。
 そして二本目のタバコを口に加えている。そんな鈴に渚は素早くタバコに火を着けるのだった。


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「なら、今からアンタは部屋の整理をしな。それと魔局には既に話を通してあるから今日はもう行かなくていいよ」
 鈴はそう言い残すと、新しいタオルを頭に巻き再び外に出て行ってしまったのだ。その豪快な後ろ姿に渚は深い息をつくのだった。
「これからあの人と暮らすのか、なんか自信ないや私」
 渚は俯きながら鈴に言われた通り、自分の部屋を整理するため部屋の隅にある階段を上った。