看板には自信満々に”ようこそ”と書かれてある。真っ赤な屋根で西洋の古い洋館のような外見をしているこの宿屋は、あの大胆な看板を除いては渚好みのモチーフをしていた。
 渚は多少抵抗はあるものの、そのズッシリとした大きな扉をゆっくりと開いた。ギシッギシッと見るからに古い扉は少し動かしただけで軋んでいる。
「お邪魔しま〜す。誰かいませんかぁ?」
 扉から顔だけを出している渚は恐る恐るそう呼びかける。しかし、中には誰もいないのか渚の声が響くだけだった。
 渚は強い恐怖に体を包まれたが、勇気をだして宿の中へと足を踏み入れた。少なくとも外にはまだ太陽が地を照らしている。にも関わらず宿の中は薄暗い。不穏な空気がさらに渚を恐怖へと追いやった。
「何よ〜。まさかここってもう営業してない?でも地図は確かにここであってるしな〜」
 渚はとりあえず辺りを調べてみた。ここは恐らくロビーだろうか。玄関の目の前にはカウンターらしき台が置かれている。
「あれ?この絵、たしかうちにも飾ってあったような」
 渚はカウンターの隅に飾られてある大きな絵に目を奪われた。
 その絵には真っ黒なフードに身を包み、長いストレートな髪に深紅の瞳を輝かせる魔女の姿が描かれていた。精悍な顔つきをした魔女は、後ろに沢山の同胞達を引き連れ、自分達に酷い仕打ちをほどこした人間達に戦いを挑むかのように深紅に光る杖を真っ赤な月に掲げている。
 それは魔女なら誰もが知っている絵なのである。
「この絵があるってことは、この宿、本当に魔女が営んでいるんだ」
「そうだよ」
「え!?」
 渚は背後から聞こえた見知ら声に振り向いた。凍りつくような声に渚は体をビクッと震わせている。
 渚が振り向くと、目の前のソファーには何故かつなぎを着こなし、頭には汗でびちゃびちゃになっているタオルを巻いている大人びた女性が座っていたのだ。
「あんたが御霊 渚だね。魔局から話は聞いてるよ」
 彼女はポケットからタバコを取り出すと、タバコを口に加え何か求めるように首を動かしている。
 もちろん彼女が自分に何を求めているのか分かるはずもなく、渚はそんな彼女をただ見つめているだけだ。
 そんな渚に業を煮やしたのか、つなぎの女性はタバコ加えるのをやめると渚に突っ掛かった。