「いいお湯だった」
 30分くらいお湯に浸かっていた渚はもう満足したのか既にパジャマに着替えていた。
「そういえば、千夏ちゃんなんで一緒に入らなかったのかな?こんなに広いんだから入ればよかったのに」
 脱衣所の出口を見詰めながら渚はつぶやいた。しかし、渚は基本的に楽天家だ。こんなことをいちいち気にするはずがない。
「まあーいっか。なら温かいうちに布団に入りますかね」
 渚はそのまま脱衣所を出た。


 ラウジンに行くと千夏が熱心に勉強をしている姿があった。よほど集中しているのか渚がいることにまったく気づいていない。
 これを見た渚は忍び足で千夏の背後に回り込んだ。
「千夏ちゃん。お風呂次いいよ」
「わひゃ!?」
 千夏は椅子の上で飛び上がった。その様子を見た渚は腹を押さえてげらげらと笑っている。
「ちょっと渚さん。いきなりびっくりしましたぁ」
「ごめんごめん。だって千夏ちゃん全然私に気づいてなかったから、ついね」
 この時千夏は、渚と鈴がどことなく似ている。こう思っていた。なぜなら以前このようなことを鈴にもされたことがあるからだ。
 千夏はクスッと笑うと洗面用具を準備し始めた。
「なんで笑ってるの?千夏ちゃん絶対に怒ると思ったのに」
「それは内緒です。ならお風呂入ってきますね」
 千夏はそう言い残すとラウジンから出て行ってしまった。渚はそんな千夏の後ろ姿を首を傾げながら眺めていた。
「…………千夏ちゃんってもしかしてM入ってる?」
 渚は大きな勘違いをしたまま自分の部屋へと戻っていった。


 時刻は既に10時を過ぎていた。明かりひとつないこの廊下を渚はびくびくしながら歩いている。
「なんで私の部屋は一番奥にあるのよ」
 壁に寄り掛かりながら渚は自分の部屋を目指して一歩一歩進んでいく。
「こんな情けない姿。あの二人には絶対に見せられないわね」
 渚は壁に張り付いたまま嘆いている。今の渚の姿はどこかの城にでも潜入しようとする忍者みたいだ。
「我が部屋まで残りの距離推定5メートルでござる」
 怖いのを紛らわすためか、渚は一人でそんなことを呟いている。
 ゆっくりと音をたてぬよう渚は擦り足で廊下を進んだ。
「ミシミシッ」
「ひぃ!」
 廊下の軋む音にビクッ!反応する渚はもはや限界寸前だった。