「それは…………ちょっと仕事の都合で」
 少し動揺する千夏に気にはなったものの、渚はそれ以上は詮索しなかった。
「ところで、渚さんは宅配便を営むんですよね」
「う、うん。そうだよ」
 渚は突然話を変えられ返事に詰まってしまう。
「その歳でもう働くなんて、渚さんすごいです」
 千夏は渚に尊敬の念を込めて目をキラキラと輝かせている。しかし、渚は少し恥ずかしがっていた。
「いや、私が生きるにはこれしかなかったんだ。ほんと、もっと真面目に勉強しとけばよかったって後悔してるよ」
 渚は苦笑いしている。千夏もそんな渚の表情に気づいたのか、そのまま黙りこんでしまった。
 二人の間に沈黙が流れた。
「あ!そういえば渚さん長旅で疲れてますよね?お風呂湧いてると思うんでよかったらお先にどうぞ」
「え?いいの私が先に入って?」
 千夏はコクんと頷いている。確かに千夏の言う通り、一日中重い荷物を背負っていたせいで渚の体はクタクタである。体は正直とはよく言ったものだ。口では否定していても渚の両手にはしっかりと洗面用具があるのだ。
「ならお先に失礼するね」
 渚はスキップしながら宿の一番奥にある風呂場へと駆けていった。


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「ひっろーい!さすがに宿屋ね。最初見た時は少しガッカリしたけど」
 渚は広い浴場を走り回っている。
 あまり綺麗とはいえないが広さは充分な浴場である。軽く20人ぐらいなら入れるだろう。
 渚は体をきちんと洗うと浴槽にゆったりと浸かった。ポカポカとした熱気が疲れきった渚の体を癒してくれている。
「はああ。気持ちいい」
 渚は気持ち良さそうに天井を仰いでいる。静かな浴槽はお湯が波打つ音だけが響き渡っている。
「明日からいよいよ仕事かぁ。でもここは田舎だから前の町よりは楽できるかな?そう、前の町よりは…………」
 渚が高峰町を訪れる前に二年間暮らし町。渚にとっての辛い過去が執着した町である。
「なんか今思えば鈴さんの言ったこともあながち間違っちゃいないかもね。確かにシラセ様のおかげで今の私達があるかもしれないけど………そもそもなんで人間と戦おうって思ったのかな?戦わずに逃げてれば少しはマシだったかもしれないのに。……………あ〜も〜わかんないよ!」
 渚は大声で叫ぶとお湯の中に潜りこんだ。