「…忘れたいと思っている時点で忘れたくないものなのにな。」

「…どういう意味だ?」

「忘れたいと思えば思うほど忘れられない。
でも確実に…薄れていく。少しずつだが、確実に。」



上手く言葉が出てこない。
こんな時、「そんなことはない」とでも言ってやれば良いのだろうか。
だが、そんなに薄っぺらい言葉をこの横顔に掛けることは出来ない。



「覚えていたはずのものもいつか思い出せなくなる。
…本当に…人間は都合の良い生き物だなと感心させられる。」

「都合がいい?」

「生きていくためには…傷を癒さなくてはならない。
傷を負ったままではやがて弱って死んでしまう。
だから…傷が癒される度に、痛いと感じなくなる度に…薄れていく。記憶が。」

「忘れるから生きていけるのか…?」

「そうだ。俺は華央のことをいつか必ず忘れる。このまま生き続けていく限り、いつか。
だから…雪を見ては繋ぎとめようとするんだろう…。華央との記憶を、華央の言葉を留めておくために。」









自分をこんなに無力だと思ったことはなかった。
何を言えばいいのだろう。
何を言えば、この人間の切なさや哀しさがなくなってくれるのだろう。

傷付けることしか知らない私は…何も癒せない。
本当に…何も。



そう思った瞬間に、華央の言葉が蘇る。