「何でタクシーなんて…」
そういう咲坂を無視して、
看板を入れると、
店の中はもう作業が終わっていた。
「藤田くん、あの可愛い子彼女?」
「え、どれどれ?」
同じバイト仲間の人たちが、
休憩室で騒ぎだす。
俺はみんな好きだけど、
あいつのことで騒がれるのが、
何かすごく嫌で。
「違うっすよ。友だちっす」
お先に失礼します、と。
服を着替えて、鞄を持って。
裏口から、店の入り口に向かった。
「タクシー来るまでいるから」
泣いている咲坂は、
俺に近寄って来る。
女だから。
咲坂は女だから、
1人でほっとけないだけ。
代わりがいるなら、
代わってほしい。
「十夜が好きな、アップルパイ作ったの」
咲坂は、お菓子だとか、
料理だとかが得意。
いつも俺に何か作ってくれてた。
付き合ってた頃は、
腹満たしに食ってたけど。
「いい。自分で食え」
今は、無駄に
優しくしない方がいい。
俺のためにも、
咲坂のためにも。
「じゃあ、あのね、」
「咲坂、俺は付き合っていく気も、戻る気もないから」
潤んだ瞳をじっと見つめて。
キツい言葉をあえて言った。
咲坂が精神的に弱いのは、
俺が1番知ってると思う。
だけどもう、
腕を切られても、
何を言われても、
もう構わない。