「お墓参り、聞き入れてくださってありがとうございます」

 季鴬に阿坤を付けて廊下から帰すのを見送り、翠玉は言葉寡ない夫を振り返った。

 その背中は既に房内を向いていて、やはり黙ったまま長椅子に身体を投げ出す。もの憂げな顔をしていた。

「碩有様」

「……わかっています。礼を言わねばならないのは、本当は私の方なのだと」

 苦笑が零れる。

「今まであの人の話題は、口に出す事さえ避けていました。話してもどうにもならないと思ったからです」

 体勢と同じく、何処か投げやりな口調だった。

「父を拒み正妻として母としての役目を拒み、挙句当たり前の人生さえ拒んだ。私もこの家の人間です。愛情を期待していたわけではありません。……それでも」

 自分の生みの親が理解しがたい人物だという事実は、どこか触れがたい恐怖に繋がったと語る。

「聞く限りでは父はあの人をそれなりに大切にしていたのだと思います。けれどあの人は理解しようとはしなかった。父を愛せなかったから、息子の私も受け入れなかったのでしょう。楼に閉じこもり日中外に出ないが夜彷徨い歩くのも、狂気めいたものを感じていました」

 彼は途方に暮れた様に自らの髪を手でかき上げた。

「同じ血が私にも流れている。ただでさえ周りは表立ってではないにせよ、あの人に似ているとばかり言うのです。いつか私も妻を迎えた時、あの様になってしまうのでは──そんな風にさえ思えて」