「……というわけで、私は三歳まであの子を育てられはしたけど、その後は隠遁して鉦柏楼に引きこもったの。もう育児も出来ないし、夫が亡くなったのはある意味私のせいと言えない事もないわ。だから碩有とはそれっきり。日に日に自分に似てくるから、会うのが辛かったの」

 勝手な親でしょう、あの子がひねくれるのも無理はないわね──乾いた笑みと共に伏せていた視線を上げると、季鴬は翠玉の顔を見て目を丸くした。

「ちょっと……貴方、泣き過ぎじゃない」

 大粒の涙をぼろぼろと零して、随分と彼女の目は赤い。

「だっ……て……! あんまりです。せっかく仲直り出来るはず……だった、のにっ」

 季鴬は自分の耳に下がる、瓊瑶に触れて薄く微笑んだ。

「──もし無事に帰って来ても、仲直り出来たかどうかはわからないけど。せめて耳飾はあの人の希望通りに身に付ける事にしたわ。私の愚かさへの罰として」

「罰……?」

「付けていれば、夫を忘れる事は出来ない。鄭に帰ろうかとも考えたけど……それだといつか、思い出に変わって私は幸せになってしまうかもしれないわ。許されない事じゃない?」

 人とも極力触れ合わない様に。日の光を浴びずに夜だけ外に出る。全て自分の望まない方へ生きるしか、償いの方法がわからない──

 翠玉は二、三度息を吸ったり吐いたりして、嗚咽を何とか落ち着けてから叫んだ。

「そんなの、間違っています! どうしてお気づきにならないのですか」

「……え?」

「槙文様が実際何をお考えになっていたのかはわかりませんが、貴方は彼を愛していたのではないですか? ただお認めにならなかっただけです。槙文様だって──」

 側室の為の館は、いくら身の危険を感じたからと言って手配が良すぎる。以前から用意していたとしか、翠玉には考えられなかった。

「賭けをしようと、槙文様は仰いました。勿論勝つおつもりだったのでしょう。ならば、三年は猶予だったに違いありません。貴方をふるさとに帰すか、帰さないかの」

 もし戻って来て季鴬が折れたとしても、心が手に入るとは限らない。側室を出し三年の間に変化がなければ、鄭に返そうとしていたのではないか。