後ろを振り返り、後方から襲ってくる大きな波にタイミングを併せる様にして一気に水を掻く。
そして、漸く妻の腕を捉えた俺は、グッと海明(ヘミョン)を引き寄せた。
そうとう海水を飲んでしまったのか、妻はゲボッゲボッとえづき、唇を紫色に変色させていた。
5月といっても、海の水はまだ冷たい。
長時間居れば体力も消耗するし、体の機能も低下してしまう。
それでなくても、妻は朝から5時間近く潜り続けていたのだから。
「さぁ、船に向かって!
泳げるか?」
『船から落ちたときに、胸を船縁にぶつけたの。
アバラをやっちゃたみたいなの。』
「それじゃあ、この浮き輪に捕まれ!
俺が引っ張って行ってやる。」
『ア‥‥‥アリガト‥‥』
「シッカリしろよ。
船までもうすぐだかんな!」
とは言うものの、波が高過ぎて風も強く、潮の流れまでもが行く手を阻む。
『わ‥た‥し‥もう‥ダメ‥か‥も‥』
「なに言うよ?
シッカリしろ!
俺がお前を守る!」
『貴方‥だけ‥戻って‥私‥は‥置いて‥いって‥‥‥‥』
その瞬間、浮き輪を掴む海明(ヘミョン)の手がほどけ、波と共にどんどん沖にながされていった。
「ヘミョン~!」
と叫べど、既に意識のない妻が返事をするでなく、大きな波と共に海中へと姿を消した。
それをみた夫は、
『ヘミョン~!』
と叫ぶや否や、浮き輪を手放し妻が沈んでいった辺りに向かって一気に泳ぎきり、息を一つ大きく吸ってから海中へと潜っていった。
荒れた海の中は視界が悪く、おまけに太陽が隠れてしまっているので、沈んでいった妻を見つけるのは至難の技である。
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その頃、港の寄合所では
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「済まないが、こんなに荒れた海の捜索は無理だよ。
もしかしたら、どっかの岩影で避難しているかもしんねぇし、もう少し待ってみてください。
この天候は、明日の朝には落ち着くみたいやから、それでも帰ってこんかったら捜索するからよ。」
『そんなこといってる間に、大変なことになってしまうから!
頼む。
姉貴夫婦を探しに行ってくれよ!』
「いくら萬秀(マンス)さんの息子さんの頼みでも、この荒れた海の中に船を出すのは自殺行為だよ。
それに、春洋(チュニャン)氏は若いが腕の良い漁師だよ。
彼なら奥さんと二人でちゃんと避難しているって!」
『でも‥‥‥』
「まあ、心配も分かるが、もう少し様子をみようよ。」
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翌朝
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『船が見付かったぞ!』
「どこだ!?」
『ここから南に11km離れた馬羅島(マラ島)の南西側の沖合い1kmの所を漂っているのをヘリが見付けて連絡してきたんだよ。』
「船が壊れたのかもしれないからと、先程海上保安警備隊が向かったそうだよ。」
『そんじゃあ、海明(ヘミョン)さんの弟さんの敏秀(ミンス)氏に連絡して下さい。』
「もう連絡しました。
今こっちに向かってるそうです。」